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ヨーロッパフットボール回廊『波乱のプレミアリーグ:CK戦法』

24・12・14
 はや師走、英国の町々のアーケードには飾り付けのアーチ型イルミネーションが点滅、クリスマスが近づいてきた。

 フットボールシーズンのハイライトはクリスマス、そしてニューイヤーの激戦であろう。この年末年始の対戦に勝ち残ったクラブがその年の覇を遂げるとも言われている。しかし日程上今年の暮れの最終戦は12月29日、そして新年の初蹴りは1月4日となっており、例外として恒例の元旦ダービー戦はロンドンのブレントフォード対アーセナル戦のみが行われことになっている。過去の元旦決戦が日程上無くなったのはイングランドのファンにとって一抹の寂しさを覚えるが、選手の立場からすれば年末も正月もないフットボール漬けから解放される喜びもあるとすれば認めざるを得ない事なのであろう。

 さて波瀾のプレミアリーグでのトピックスはアーセナルのCK戦法が功を奏していることであろう。12月5日に行われた対マンチェスター・ユナイテッド(MU)戦 アーセナルは2得点をCKからゴールし2−0で快勝した。今シーズンから、CKの際に特異な布陣を相手ゴ―ル前に敷き、得点を量産し勝利している。既にCKから22得点挙げており、相手チームにとってはアーセナルにCKを与えることは鬼門となってきている。

 CKからの得点パターンシステムは既に1980年代からThe FAの技術委員長であったチャールス・ヒューズ氏の編纂したガイドブックにあり、言わば当時のCK教科書ともなっていた。

 基本は次の通り。
1:キッカー(K)は味方のターゲットマン(TM。多くはゴールポストのCK側にヘッドの強い長身選手を配置)の頭を目指して蹴る。

2:TMはそのボールを競ってフリックし中へヘッドする。

3:中央に配置した味方選手(長身かつヘッデイングに強い選手)2人から3人が束になってゴールへ押し込む、ペナルティエリアには2人置きフォローさせるという戦法であった。

 このコース(The FA コーチライセンスコース)を受講した当時のJFAからの派遣コーチ陣が実技を行ったが、なかなかうまく行かず、まずCKキッカーは10発中8発、TMの頭に合わせボールを蹴れなければならないのだが50%しかボールが行かない。ヒューズコーチは「だめ!!!味方の頭に当てろ!」そして「お前はキッカーとしては失格!」と評価。「誰か出来る奴は?」、「ハイできます」といってキッカーになったのがネルソン吉村選手(ブラジル出身の日本代表選手)。見事に4発中4発味方のTMの頭へ蹴った。「はい、合格!」そしてTMがフリックしたボールをペナルティエリアに入っていた選手が相手より先にボールに触り、シュートするというドリルであった。それにしてもさすがネルソンであった。

 アーセナルがMUから奪った2点のCKからのゴールは上記のセオリーを変化させた戦術から生まれた。

 1点目は、右からのCKは左利きサカ(イングランド代表)がニアポストにいるTMへスピードのあるボールを配給する。ゴールエリア内に5人のアタッカーを置き、密になって集団としてこぼれ球をゴールへ入れるシステムから1点を取った。

 2点目は、左からのCKは右利きライス(イングランド代表)がサカと同じような強い低いスピードのあるボールを配給。待ち構える5人のアタッカーが集団になり、ボックス内でMUデフェンダーとボールの競り合い、先に触り得点。2対0となりそのまま勝利した。MUディフェンダーは成すすべもなくアーセナルのCKセオリーに屈した。

 フットボールの得点の半分はセットプレーからといわれているが、最近は各チームにはこれらの特殊なフォーメーションを指導するコーチが多々採用され実戦に生かされている。ロング・スローインコーチ然り、CKコーチ然り、である。然るにその守備のトレーニングも欠かせない課題となっている。勝敗を決するのはセットプレーからというのが昨今のトッププロリーグの戦術の一つとなっている。

 このアーセナルは、現在プレミアリーグ3位に位置し首位リバプールとは勝ち点4差あり今後の躍進に期待が寄せられている。

 一方、常勝マンチェスター・シテイ(MC)はここ9試合1勝しか挙げられず低迷、12月9日現在4位と期待を裏切る戦績となっている。また、2013年からリーグ規定となったクラブ経営のターゲット(設定した赤字分を上回った場合に懲罰が科せられる規則)を逸脱しているとの指摘がリーグ経営委員会から出されており、その結論次第では、勝ち点減点またはプレミアリーグから除名(下のリーグへ転落)することもあり得るとされている。リーグでの低迷もさることながら併せて今後はクラブ経営面からも最悪降格の罰則が科せられるか注目されている。

 MCのライバルであるマンチェスター・ユナイテッド(MU)は11月25日に行なわれた対イプスウイッチ戦、前任のテン・ハグ監督更迭から引き継いだポルトガルのスポ―テイング・リスボン元監督アモリム(39歳)がMUの監督として就任(移籍金3百万ポンド)、指揮を執ることになリ期待は大きかった。「Mr 3−4−3」というべきシステムでスポーテイングを優勝させた若手監督の手腕に期待が高まった。

 しかし初戦、対イプスウイッチ戦では結局1−1の引き分けに終わり初勝利は出来なかった。その後エバートンに4−0で勝ち、やっと片目が開きサポーターの支持が得られたが、次のアーセナル戦では上記の通り2−0と完敗、その後ホームでのノッチンガム・フォレスト戦は2−3と敗退。監督を替えても勝てなかったMU、選手の質が悪いのか、1日か2日での練習での3バックス・システムをマスターするには時間が無く、選手が消化出来なかった。過去のMUスタイルには程遠く、相変わらずリーグ13位に甘んじている。

 試合をやりながらチーム作りをしなければならず、新監督は前途多難な状況にある。MUのパフォーマンスで明らかになったのは、システムが先か、選手の質が先か、正しく中途半端。選手からは3バックスでのディフェンスに馴れずサイドから攻められ、はたまたストライカーとして起用したラッシュフォードが得点を挙げて復帰したかに見えたが、次の試合ではベンチスタートと監督がまだ選手の特質を把握できずバラバラなチームとなっているのが結果を出せない要因なのであろう。今後どのようにチームを作っていくのか新監督の手腕が試されている。今年の移籍選手に対し2億ポンドを懸けた成果は見えない。

 一方、フットボール部門のトップとなったラドクリフ会長は今季1.13億ポンドの赤字見通しとなり、コストカットに乗り出した。250人のスタッフを解雇、スタジアム新設構想も暗礁に乗り上げ栄光のMUの行方は混沌としてきている。さてどのチームが覇権を取るのかこれからのクリスマス、新年の戦いに注目しよう。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−94:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08:JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)

伊藤 庸夫