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ヨーロッパフットボール回廊『監督にも移籍金?ビッグクラブMUの改革と組織』

24・03・17
 
 イングランドの雄であったマンチェスターユナイテッド(以下MU)も2013年来プレミアリーグの覇権が取れていない。2005年にアメリカのユダヤ系富豪グレーザーが7.9億ポンド(=1,460億円、うち5億ポンドは借入金)で買収したがアレックス・ファーガソン監督が2013年に引退してからは低迷し続けている。

 そこで往年の栄光を取り戻すべく、総合スポーツクラブたるMUからフットボール優先を実行する「経営の刷新と往年のフットボール栄光を取り戻す」ため、昨年来MU保有株の25%を売り出し、その買収交渉が行われてきた。

 その結果マンチェスター育ちの富豪INEOS社(多国籍化学開発企業)の会長ジム・ラトクリフが1.25ビリオンポンド(27.7%=2,315億円)で買収決着し、MUのフットボール部門を統括する事が決まった。英国プレミアリーグの裁定にも合格し、今後はラトクリフが統括担当役員としてフットボール部門の改革と運営の責任者となることが決まった。やっとアメリカ人からイギリス人にフットボールが戻ってきた。MUサポーターも彼の手腕に期待を込めている。

 彼が唱えたMU経営方針は下記の通りである。
1:プレミアリーグで4位以内となり、ヨーロッパチャンピオンズリーグ戦出場資格を取ること(現在はリーグ6位で出場圏内の4位アストンビラとは勝ち点8の差)取得出来ねば監督更迭。

2:MU全体の従業員(選手役員も含む)1,112人というフットボールクラブとしては世界一のクラブであり、そこのカット合理化を図る。ちなみに世界2位はリアルマドリッドの894人、3位はユベンタスの509人であり明らかに余剰人員を抱えていることは確かだ。

3:過去数年、補強には金の力を惜しまず、例えばブラジル代表のFWアントニオに87百万ポンド(160億円)で獲得したが、セクハラ事件で上訴され、試合では今シーズン1得点と投資に見合う働きは全くしていない。この選手スカウトシステムにもメスを入れ効果的な補強をするとしている。そのためフットボールGMを置き、そのスペシャリストにより補強を担当する仕組みにする。更に高額移籍選手でトップチームに入れない選手を移籍させ、より質の高い選手の獲得を図るとしている。

4:老朽化し雨が降れば屋根から水が漏れるオールド・トラフォードスタジアムを現スタジアムの隣の土地に8万人収容の仮称Manchester Wembley Stadiumを新設するとしている。その資金手当ては300百万ポンド(=540億円)としている。

 やっと中長期計画が策定され動き出したが、現在6位でターゲットとして挙げた来季チャンピオンズリーグ出場権を獲得できなければ現監督テン・ハグの更迭は必至であろう。既に水面下では新監督のスカウティングも行われている。現在プレミアトップ6には英国人監督は皆無であり、栄光のMU復活には英国人監督をという声は多い。候補は元ブライトン監督、元チェルシー監督であったグラハム・ポッターの名が挙がっているが後1か月半のリーグでの戦い次第であろうか。

 さてその監督の立場は「成績次第」とはいえ契約上期限が設定されていることは確かであろう。多くはシーズン終了時、クラブ代表との会談で契約更改、更迭が決まるのが通常である。しかし思わぬ結果をもたらし、契約途上でクラブ会長から更迭されることは極めて多い。

 もちろん成績不振による監督の責任が追及され、『Fire!(解雇)』されるのだ。この多くのケースは期待された トップ4、トップ6からの脱落、あるいは降格ラインから上昇できない時点で、サポーターなどからの圧力もあり更迭されるのが通常のケースである。もちろんその場合、両者直接面談で残余契約期間がまだある場合は残りの給与等補償金が支払われるのが通常の契約である。

 しかし昨今、監督も代理人事務所(エージェント)に登録しているケースもあり、種々問題も出てきている。選手の代理人が監督の代理人と同じであり、試合出場時間を公正に選手に配分せず、いわばえこひいきする場合があり、それによって選手のモチベーションが下がり、ひいては練習禁止にもなることもある。

 例として、現在MU選手ながらローンでブンデスリーガのボルシア・ドルトムンドへ貸出されているサンチョの場合がある。監督から練習禁止となりやむなく古巣へ戻り、現在はドルトムンドで活躍している。クラブから見れば高額移籍金で獲得、高額サラリーを払っていながら監督によって出場の場を提供されない選手の場合である。MUのテン・ハグ監督は代理人登録しており、そのエージェントに所属する選手を多く移籍で獲得し試合に使っている。果たしてそれが良いかどうかは結果論であるが決して望ましい事ではないであろう。

 一方、もし監督が更迭された場合のリスクを回避するため、昨今では監督の移籍が顕著になってきているのだ。例えば2004年ポルトからチェルシーの監督に就任したジョセ・モウリーニョは移籍金としてチェルシーはポルトに5.2百万ポンド(9.6億円)の移籍金を支払っていたのが最初の監督の移籍金支払い実績であったと言われている。

 最近では、2022年ブライトンのグラハム・ポッター監督がチェルシーへ移籍した際、チェルシーはブライトンに21.5百万ポンド(40億円)の移籍金を支払っている。この様なケースは今後ますます増加するのではないかと言われている。

 注目は今シーズン限りでリバプール監督を辞任するクロップの代わりにバイエルン・レーバクーゼンの監督であるスペイン人シャビ・アロンソ(元リバプールの選手)の名が挙がっているが、彼の移籍金は現クラブとの契約が残っているため、20百万ポンド(38億円)を超えるだろうと推測されている。

 このような監督の移籍のケースも今後多く出てくることは必須であり、監督の流動性も選手の移籍と同様多発することは間違いのないところであろう。

 熱と涙のスポーツ、フットボール界は完全に資本に支配され、富の序列で構成されるビジネスになりつつあり、果たしてこれでいいのかという課題を抱えているのが現実なのであろうか。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08:JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
伊藤 庸夫