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ヨーロッパフットボール回廊『MU新監督就任ラルフ・ラングニック氏、プレミアに旋風か』

21・12・14
 
 ラルフ・ラングニック氏が11月26日、マンチェスターユナイテッド(以下MU)の新監督に就任した。ワットフォードに4−1と屈辱的な敗戦を喫し、前監督ソルシアーは更迭され、代理監督になったカーリックもアーセナル戦で3−2と勝ったが、試合後辞任した結果、ラングニック氏が任命された。ただし来年シーズン終了5月までの6か月での暫定契約である。

 「ラングニック監督を知っているか?」という問いに、「知っている」というフットボールファンは決して多くはないのではないかと思われる。直近のクラブは『ロコモチフ・モスコー』の“スポーツ・強化部長”であった。

 現場の監督ではなかった。しかし知る人は知るヨーロッパのフットボール界の博識ある、未知の脆弱なクラブを強化しトップクラブへ押し上げる正しくカリスマ的なマネージャー+コーチであった。

 経歴からいえば、25歳でアマチュア選手生活をけがで終え、地元ドイツ『ウルム1846』のコーチとしてデビューし、ドイツ南部地域リーグで優勝させた。その後、ベンツの町『シュツッツガルト(UEFAインタートト杯で優勝)』、『ハノバー96(ドイツリーグ2部優勝)』、『シャルケ04』で指揮を執り、2006年には『1899ホッヘンハイム』をブンデスリーガに昇格させた。

 その後シャルケに戻りブンデスリーガ優勝、2012年には『Red Bullグループ』の“Director of Football
(フットボール統括部長)”に就任した。この『Red Bullグループ』には『RBザルツブルグ(オーストリア)』、『RBライプチッヒ(ドイツ)』、さらにMSL(アメリカ)にも『Red Bull New York(ニューヨーク)』を保有しており、フットボール界の新生グループとして注目されている。

 その手腕で『RBライプチッヒ』を強化育成し、ドイツリーグ4部からトップ1部に昇格させ、一気に彼の名声がヨーロッパに鳴り渡った。そして今年2021年7月にはロシアの『ロコモチフ・モスコー』の“Manager of Sports & Development(スポーツ、強化育成部長)”に就任していたが、MUからの招聘に応じ、11月26日マンチェスター・ユナイテッドの暫定監督として就任したのだ。彼はフットボール界では稀有な大学卒(シュツッツガルト大)であり、学位は体育学と英語であった。その後、英国のサセックス大学にも1年留学しており英語は堪能である。

 契約はわずか6か月であるが彼の任務は

1:まずは今シーズンの低迷したMUを監督として立て直し、プレミアのトップ4を目指すことにある。

2:次に来シーズンからはMUの“Director of Football(フットボール統括部長)”として育成(ジュニアー、ユース、U23)からトップチームまでを統括、さらに次期監督、選手のスカウト契約等のクラブマネージメントを担当することになる。

3:アレックス・ファーガソン監督が引退した2013年以来、モイエ、ギッグス、ファン・ゴール、モリ−ニヨ、そしてこの11月更迭されたソルシアー監督は、クラブの資金力で多くのトップ選手を移籍で集めたが、ことごとくタイトルからは見放された結果となっていた。今一度原点に戻り、ホームグロウン選手と若手の生きのいい選手を中心とした新たな栄冠を勝ち取るチーム作りが彼に課せられた課題でもある。

 その彼の指揮の初戦、対戦相手はクリスタルパレス。彼が取ったシステムはユニークな布陣であった。それは4−2−2−2というピッチのセンターを中心にした攻撃型システムであった。

 彼のコーチイングスタイルは、相手に取られたら取り返すプレス型の元ロシアの監督であったロバノフスキーの戦術を尊重したゾーンシステム中心であり、ピッチを縦横に走り回れる選手を重要視するスタイル。

 トップ2にはロナウドとラッシュフォードを擁し、その下にフェルナドスとソルシアー監督時代はほとんど使われなかったサンチョを配し、4人が自由にサイドに出るシステム。中盤は守備のボランチとしてマッカトミーとフレッドがセンターバックのリンドロフとマグアイアーをサポートする一方、両フルバックは攻撃の時はウインガーとして前線に出てトップ2人とセカンドトップ2人へクロスを供給するシステムをとった。

 結果はフレッドのシュートで4月以来の無失点勝利を挙げた。ラングニック暫定監督の面目躍如の試合であった。ロナウド36歳、果たしてラングニックはロナウドをどう使うのか注目されていたが、ラッシュフォードと並べ彼の活動量負担を減らしたシステムであった。

 次のラングニックの試合は、UEFAチャンピオンズリーグ戦対ヤングボーイズ(スイス)戦。この試合ラングニックは前の試合とは全く違った若手+ベテラン11人で戦い、グリーンウッドのロングシュートで先制したが、ヤングボーイズに1点を返され1−1と引き分けた。

 既にノックアウトベスト16に残っていたこともあり、勝負は二の次、自分のクラブの選手の実情を把握する為の試合であると記者会見でコメントしていた。システムは初戦とは違い4−1−4−1であった。

 この試合では、ラングニックは若手U23のチャリー・サベジ(18歳)、ジダン・イグバル(20歳初のインド系選手)を起用する一方、36歳の第3GKヒートンを使い、選手の質を試す試合とした。

 試合後の記者会見では「まだHigh Pressure(早くプレシャーをかける)が足らない」と解説、彼の戦術を選手に浸透させるにはまだ時間が掛かる感がある。

 そして来るべき1月からの移籍解禁には数人のレギュラー選手を放出し、彼のシステムに合う若手の走れる選手を補強したいと強調している。

 フランス代表のMFポグバ、そしてFWマーシャル、そして昨シーズンローンでウエストハムに貸し出し、大活躍をしたリンガード、ストライカー32歳カバーニを放出し、36歳になったロナウドも点は取れても走れなくなったとして来年放出する可能性も示唆している。

 新規採用選手としてはノルウエー代表ストライカー、現在ボルシア・ドルトムンドのハーランド、そしてバイエルン・ミュンヘンのジョシュア・キムッチの名が挙がっている。

 一方、スタッフにはまず彼がライプチッヒ時代に選手のメンタル面を強くする為コーチとして採用したサーシャ・レンツを呼び寄せた。更に彼の右腕に値するコーチを現在物色中である。

 既成の世界的選手を集めてのチームから脱却し、若手の活力とスピードを重視した「プレス・フットボールとProactive(先回り)」が出来るシステムと選手を重要視するラングニック暫定監督の采配ぶりがプレミアリーグに、そしてMUに何をもたらせるのか誠に興味津々であり、期待されている。

 過去マット・ブスビーが重要視したスピードあるジョージ・ベスト、デニス・ロー、ボビー・チャールトンのFW陣を擁してヨーロッパを制した伝統と、ファーガソン時代の若手ユース育ちギッグス、ベッカム、スコールス、ネビル兄弟、ニッキー・バットが一団となって黄金時代を築き上げた歴史に、ラングニックによるMU新歴史が作り上げられるのか今後6か月が楽しみである。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08:JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
伊藤 庸夫