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ヨーロッパフットボール回廊『Casuality:ヨーロッパリーグ監督更迭続出』

23・04・15
 まずは『Casuality』という英語の表現がどのような意味合いを持つのかご存じでしょうか。今回はヨーロッパトップリーグの監督の動向と共に紹介したい。

 4月2日、プレミアリーグではチェルシーのグラハム・ポッター監督が更迭された。昨年9月8日チェルシーのオーナー、トッド・ボエリー氏がトーマス・ツシェル監督を解任し、ブライトンの当時監督であったポッターを引き抜き獲得、指揮を任せたが案に諮らず現在11位と低迷、4月1日のホームでのアストン・ビラ戦に0−1で敗退を喫し、即刻更迭された。後任には今シーズン1月29日にエバートンを更迭された元チェルシー主将であったフランク・ランパードが今季の暫定監督として指名されたのである。

 そして今シーズン低迷するレスターも時を同じくして19位と振るわぬ成績の為、監督ブレンダン・ロジャーズも更迭された。

 これでシーズンなかば後10試合程度残してのシーズン途中、更迭監督の数は20チーム中13人に昇っている。(下記)

ボーンマス:スコット・パーカー監督(8月30日)
      リバプール戦0−9の大敗の為

チェルシー:トーマス・ツシェル監督(9月7日)
      開幕7試合で3敗の為

ブライトン:グラハム・ポッター監督(9月8日)
      チェルシー監督に就任の為

ウルブス :ブルーノ・ラーゲ監督
      降格圏の成績の為

アストン・ビラ:スティーブ・ジェラード監督(10月20日)
      期待外の成績の為

サウサンプトン:ラルフ・ハーゼンフッテル監督(11月7日)
      降格圏の成績不振の為

エバートン:フランク・ランパード監督(1月23日)
      降格圏の成績不振の為

リーズ  :ジェス・マーシュ監督(2月6日)
      降格圏の成績不振の為

サウサンプトン:ナーサン・ジョーンズ監督(2月12日)
      成績改善せず

クリスタルパレス:パトリック・ビエラ監督(3月17日)
      2023年正月以来勝ち無しの為

トッテナム:アントニオ・コンテ(3月26日)
      選手との軋轢及び彼の病気の為

レスター :ブレンダン・ロジャーズ(4月2日)
      降格圏の成績不振の為

チェルシー:グラハム・ポッター(4月2日)
      選手移籍獲得額3.2億ポンドにもかかわらず31試合  
      11敗11位に低迷、及び来シーズンのチャンピオンズリ 
      ーグ出場不可となった為

 上記は今季のプレミアリーグの監督更迭記録であるがヨーロッパ各国のリーグでもプレミアと同じような監督更迭劇が繰り広げられている。

 スペインリーグ:『La Liga』では既に10人の監督が更迭されている。中にはヴィアレアルの監督ウナイ・エメリー(元アーセナル監督)がプレミアリーグのアストン・ビラ監督に就任した例もある。

 イタリアリーグ:『セリエA』では8人の監督が更迭されている。なお昨シーズンはトータル10人が更迭されている。

 ドイツリーグ: 『ブンデスリーグ』では現在8人が更迭されている。最近ではバイエルン・ミュンヘンの監督ジュリアン・ナーゲルスマンが更迭されており、他国のリーグクラブからのオファーが多く来ていると言われている。

 フランスリーグ: 『Ligue 1』では既に11人もの監督が更迭された。

 ヨーロッパ主要5か国のトップリーグクラブの監督のほぼ半数が更迭されている現実は監督業としては厳しいものがある。まさに『Casuality=災難』とも言える。
        
 その背景には監督への期待と権限がひと昔とは変わってきたこともその要因であろう。

 監督は「Manager」とも「Head Coach」ともいうが、ひと昔の監督例えばマンチェスター・ユナイテッドのアレックス・ファーガソン(1986年就任2013年引退)時代、監督の役目はその試合のチーム編成だけではなく選手獲得のスカウティングも行い、選手の契約、報酬も決めていたManagerであり、チームの現場でのコーチでもあった為、監督は選手を知り、選手も監督に従うという不文律があった。

 しかるに昨今のいわゆる監督Managerは現場でのHead Coachとして試合に勝つための練習、試合のメンバー選手の選択、そして試合の結果責任者になってしまった。90分での試合に勝つ事、勝ち点3を取ることに集中せざるを得ない立場に追いやられたのである。

 一方、選手はその契約期間中、犯罪行為、デシプリン(クラブ規律)違反、重病などの理由、選手からの移籍希望による合意がされない限り、解雇されることはない。そして組織拡大に伴い、監督Managerの権限はその日の試合での勝ち点3を勝ち取る事に限られてしまったのだ。

 多くの更迭劇の犠牲者となっている監督またはHead Coachに課せられたクラブからの主命は
1番目:リーグ優勝
2番目:ヨーロッパチャンピオンズリーグ出場権確保(トップ4)
3番目:国のカップ戦(FAカップ、リーグカップ)であり
4番目:降格しない事である。

 上記プレミアリーグシーズン中での更迭劇の要因の多くはトップチームでは2番目のヨーロッパチャンピオンズリーグへの切符獲得であり、その条件のトップ4へ入ることが達成できないと見なされた時点での更迭が多い。

 一方、中堅チームではトップリーグへの残留、降格しない事であることが多い。その見極めは多分にサポーターの声にもよる。

 2番目のケースの典型的な例は、現在低迷しているチェルシーであろう。経営陣の会長オーナーと中間管理職としてのGeneral Manager(GM)が選手のスカウティングと契約に介在し、選手を獲得、この冬の移籍期間中に3.2億ポンド(約500億円)を投資した。その為プレミアリーグ規則の登録選手数26名を超える31名の選手を抱えることになってしまった。

 ポッター監督の知らぬ選手もおり、監督として週に2−3試合を消化しなければならない過密日程に押されてチーム編成が狂い、結果が出ずリーグの中間に位置し、結局監督失格として更迭されてしまったのだ。その為シーズン後には10人以上の選手を移籍売却せざるを得ない状況にあり、現在のランパード暫定監督の後任はチーム編成に苦慮する事必至であろう。

 クラブオーナー(会長)、GM、そして監督Manager、 選手、そしてその存在を担うサポーターの狭間で苦慮する監督の立場は弱くなり、今後も監督の『Casuality』は増加するのであろうか。

 果たして後1か月、残り10試合残したリーグでまた何人かが『Casuality』に遭遇するのか―。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08:JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
伊藤 庸夫