北海道コンサドーレ札幌の王道と遍歴2023年5月号

蹴球三昧
そうです「SOCCER」三昧の話
勝敗は「時の運」と言うがその通り
五月場所に入り3日の鹿島は0−1
札幌ドームでの記者会見は暗かった
思いっきり監督とコーチにハグした
中2日のFC東京戦はあれに託そう

ペトロヴィッチ監督と杉浦大輔通訳
コーチの2席目に昨年杉浦が上がり
なぜかしら口数も多くなったようだ
広島からズッと一緒で信頼感もある
私もデットマール・クラマー氏が師
あのカラクリをチリバメて見ようか

6日のFC東京戦はスペインの監督
スペインでは正月に神社での願掛け
そのような儀式はきっとないと思う
私は60年前選手集めなど苦労した
北海道スポーツ記者クラブのチーム
6日の試合日にバックの中に入れた

まさかFC東京にあのスコアで勝利
札幌ドームでは出せなかった代物は
赤ラインのホームとブルーの時代も
1998年のJリーグ30年の歴史
その時を知るスポーツ記者は少ない
道内の新聞社は朝毎読道新タイムス
コンサドーレ札幌の王道と遍歴
 上写真/かつての「PRESS」チームのユニホーム。 池田編集長が大事に保管していたもので今は無きイレブンの思い出が詰まっている。(編集部撮影)
コンサドーレの王道を拓く
やっと落ち着いた? コンサドの音色
 不協和音に「鳥肌」が出たオーケストラとでも言おうか。2023年のJ1サッカーリーグ・北海道コンサドーレ札幌は、12試合を終わって4勝4分け4敗。10位をかろうじて確保した。時には、自軍の選手ですら「不信の訴え」を見せた。

 指揮棒を持って6年目、ミハイロ・ペトロビッチ監督の演奏は、第1節サンフレッチェ広島戦は△0−0、第2節ヴィッセル神戸戦は●1−3(札幌の得点は金子)、第3節アルビレックス新潟戦は△2−2(札幌の得点は青木、浅野)、第4節横浜F・マリノス戦は〇2−0(札幌の得点は小柏、小林)、第5節ガンバ大阪戦は△2−2(札幌の得点は小林、小柏)、第6節川崎フロンターレ戦は●3−4(札幌の得点は岡村、浅野、キム・ゴンヒ)、第7節セレッソ大阪戦は〇3−2(札幌の得点は金子2、田中駿)、第8節浦和レッズ戦は●1−4(札幌の得点は菅)、第9節アビスパ福岡戦は△2−2(札幌の得点は荒野、浅野)、第10節横浜FC戦は〇4−1(札幌の得点は浅野2、小柏、田中駿)、第11節鹿島アントラーズ戦は●0−1、第12節FC東京戦は〇5−1(札幌の得点は浅野、菅2、金子2)。合計4勝4分け4敗。

 得点ランキング1位は大迫勇也(神戸)=9得点、2位アンデルソン・ロペス(マリノス)=7得点、3位に札幌の浅野雄也ら5人=6得点、8位クラスの5得点には札幌の金子拓郎ら5人が顔を出している。
2023年5月6日の荷物に入れたのは―
 5月6日、札幌ドームは少年たちの対抗戦の後。なぜかしら、女性ファンが多い。マジシャンの私は荷物の下に「勝ちを招くユニホーム」を、しまい込んでいた。何でだろう〜東京のサッカー人口は「日本一」。でも「Jリーグで天下を取ったことが一度もない」。

 時は1938年プラス10余年「終戦と言う名の敗戦」・昭和天皇が「ああ悲しいかな」の「敗戦を国民に告げた」(玉音放送)を埼玉県大宮市(疎開先)で聞いた小学生。

 この少年が85歳になり、札幌ドームでFC東京対コンサドーレの試合を見た。荷物の中には「PRESS」のユニホーム。たぶん北の都・札幌で新聞記者を志し、札幌大学のレベルアップを目指し日本初のブラジル留学生を呼んだ頃から「ナイストゥミーチュー」。今でも「そう言うから笑われる」。その素地を作った新聞記者のチームのユニホームも「いいことだ」の同意で「製造者マークを許可」(今の五輪贈収賄に似ている方法か)。喜んで作ってくれた「一品」。札幌の「北海道スポーツ記者会」が当時、ことあるごとに50〜60人は集まる。一心同体だった。

 これが今回の「蹴球三昧」のネタになり、そのユニホームが「60余年を経て」いまミシャに送りたい〜の一節になり、語り草になれば!

 そうそう、小生、その日、荷物に入れたユニホームも気になれば、記者席で声をかけられるなどなんとなくモテ気味。さらに初の女性プロ主審を拝見した。見事見事。

 コンサドーレ選手諸君の健闘を祈り、世界のオーケストラが4楽章(起承転結=試合の前後半にも似ている)で、時代を超えて響き渡るようにスポーツを! サッカーのますますの発展を祈っている。
                                   (池田 淳)