コンサドーレ札幌の王道と遍歴2025年12月号
ここだけ

J2最終戦の第38節愛媛戦後のセレモニーで、選手、スタッフたちから胴上げされる今季で引退する笑顔の深井、スタンドのサポーターも拍手喝采(写真は11月29日、大和ハウス プレミストドーム、撮影・石井一弘)
不屈の男が有終の美 12位札幌の来季陣容は
明治安田Jリーグの2025年シーズンもリーグ戦は終了。残すは12月13日のJ1昇格プレーオフ決勝と、14日のJ2昇格プレーオフ決勝となっている。
今季J2からの自動昇格は、1位の水戸ホーリーホックと2位のV・ファーレン長崎。J1プレーオフ決勝では、3位ジェフユナイテッド千葉対4位徳島ヴォルティスが最後の昇格1枠を争う。J3は1位の栃木シティと2位のヴァンラーレ八戸が自動昇格。J2昇格プレーオフ決勝は、3位FC大阪対4位テゲバジャーロ宮崎が雌雄を決することに。
期待の高かった今季の北海道コンサドーレ札幌は、最終戦ホームで愛媛FCに3−0のスコアで快勝したものの12位で幕切れ。自動昇格の2位以内はおろか、J1昇格プレーオフ圏内の6位も遠い順位で終わった。
その中、札幌は12月12日付でOBの河合竜二氏がゼネラルマネージャー(GM)に就任。J1復帰に向けてチームの抜本的な立て直しを託すこととなった。
今季の体制を振り返ると、チームの運営会社である株式会社コンサドーレの石水創代表取締役社長がシーズン中に大ナタを振るう形で改革を実行。4月には、強化の方向性を定めるGM職であった三上大勝GMが退任。その後このポジションは不在のままチームの順位は上がらず。
8月には岩政大樹監督を解任。後任に柴田慎吾監督を据えたが、時すでに遅し。勝ち続ける程の力は無く、11月2日の第35節でジェフユナイテッド千葉に2−5で大敗。3試合を残しJ1昇格は消滅していた。
来季のJリーグは秋春制移行期間の為、2026年2月から6月まで約半年間の特別大会となり、昇降格は無しとなっている。したがって、札幌のJ1昇格を賭けての戦いは2026年8月から開催の26―27シーズンで、最短でもJ1の舞台は27−28シーズンまで待たなければならない。
これから行われる選手の絞り込みと並行して、昇格の為の新戦力の補強も河合GMの手腕に期待が大きい。新チームの陣容は然ることながら、特別大会となる来シーズンを楽しみに待ちたい。
今季J2からの自動昇格は、1位の水戸ホーリーホックと2位のV・ファーレン長崎。J1プレーオフ決勝では、3位ジェフユナイテッド千葉対4位徳島ヴォルティスが最後の昇格1枠を争う。J3は1位の栃木シティと2位のヴァンラーレ八戸が自動昇格。J2昇格プレーオフ決勝は、3位FC大阪対4位テゲバジャーロ宮崎が雌雄を決することに。
期待の高かった今季の北海道コンサドーレ札幌は、最終戦ホームで愛媛FCに3−0のスコアで快勝したものの12位で幕切れ。自動昇格の2位以内はおろか、J1昇格プレーオフ圏内の6位も遠い順位で終わった。
その中、札幌は12月12日付でOBの河合竜二氏がゼネラルマネージャー(GM)に就任。J1復帰に向けてチームの抜本的な立て直しを託すこととなった。
今季の体制を振り返ると、チームの運営会社である株式会社コンサドーレの石水創代表取締役社長がシーズン中に大ナタを振るう形で改革を実行。4月には、強化の方向性を定めるGM職であった三上大勝GMが退任。その後このポジションは不在のままチームの順位は上がらず。
8月には岩政大樹監督を解任。後任に柴田慎吾監督を据えたが、時すでに遅し。勝ち続ける程の力は無く、11月2日の第35節でジェフユナイテッド千葉に2−5で大敗。3試合を残しJ1昇格は消滅していた。
来季のJリーグは秋春制移行期間の為、2026年2月から6月まで約半年間の特別大会となり、昇降格は無しとなっている。したがって、札幌のJ1昇格を賭けての戦いは2026年8月から開催の26―27シーズンで、最短でもJ1の舞台は27−28シーズンまで待たなければならない。
これから行われる選手の絞り込みと並行して、昇格の為の新戦力の補強も河合GMの手腕に期待が大きい。新チームの陣容は然ることながら、特別大会となる来シーズンを楽しみに待ちたい。












J2最終試合は11月29日だった
現役13年の深井一希がキャプテン
左足の痛みを「ここです」と指さす
入団1年目の大けがから苦難の連続
何度も立ち上がったキミを応援する
札幌戦士が紡ぐコンサドーレの遍歴
1996年コンサドーレ札幌が誕生
前身はJFL東芝堀川町サッカー部
1997年JFLで優勝しJの舞台
ホームの厚別競技場が聖地となった
98年Jリーグ挑戦は最下位でJ2
99年名将岡田監督就任も昇格逃す
2000年J2優勝で再びJ1挑戦
01年は前期・後期制で残留果たす
同年に地域のサッカー情報紙として
「北のサッカーアンビシャス」誕生
02年は日韓共催ワールドカップが
本紙カメラの石井氏は朝日新聞OB
定年以後一緒にコンサドーレを追う
また埼玉国体で県旗持つ松本さんを
写真に収めたのも石井氏という歴史
蛇足だが小生が道新倶知安支店長時
松本さんを招き夏場のよもやま話も
(池田 淳)