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ヨーロッパフットボール回廊『ウクライナ紛争がもたらす影響―  チェルシーはどうなるか』

22・03・16
 
 ウクライナ紛争が始まった。2月24日ロシア軍がウクライナに侵入したのだ。英国はロシアを非難しアメリカ、EUとも協働しウクライナ支持を声明、ロシアのウクライナ侵攻に対し経済制裁を課している。

 英国は過去、2006年にアレクサンドル・リトビネンコ氏(ロシア反体制活動家)が英国内で毒殺された事件以降、対ロシアとは外交的にも距離を置きそれ以降アメリカ、EUと歩調を合わせてきた。

 この紛争のとばっちりがスポーツ界にも波及してきたのだ。おりしも北京冬季オリンピックが終わり、パラリンピックが開催されている最中の紛争勃発であり、オリンピアン精神の根底にある『戦争、紛争があっても、中断してオリンピックを開催実施する』というモットーは無視されたのだ。

 フットボール界もこの暴挙に対し、まず5月に行われる予定のUEFAチャンピオンズリーグの決勝戦の会場セント・ペテルスブルグをパリのサンドニスタジアムへ変更。更にFIFAもロシアのW杯予選プレーオフは中立国で行い、ロシア国旗の掲揚禁止を決定した。またイングランド、ウエールズ、ポーランド、チェコはロシアとの試合は中止すると決定。

 ロシアはポーランドとプレーオフを戦うことになっていたが、ポーランドのロシア対戦拒否となり試合が行われるのかまだ決まっていない。ロシアボイコットをUEFAが決めるのか、現在は不透明な状態であり、ロシアのW杯出場の可能性は低くなった。またウクライナもスコットランドとのプレーオフが控えているが、この紛争が先行き不明の為、取り敢えず3月下旬の試合は延期、棚上げされた。いわばロシア、ウクライナのフットボールは鎖国状態に陥っているのである。

 一方、英国プレミアリーグの雄チェルシーの会長ローマン・アブラノビッチがロシア人富豪として英国における財産を凍結された。ロシア大統領プーチンとの関係が濃いことでの英国政府の措置である。

 アブラノビッチ会長がチェルシーを買収したのはクラブ財政が悪化した2003年。ロシア石油王としての財産を基に、時の会長ケン・ベート氏から140百万ポンド(210億円)でクラブを買収したのである。アブラノビッチはユダヤ系の富豪として成り上がったが、ソ連時代はシベリアの油田のいちエンジニアであった。ソ連崩壊のドサクサの中でわずかな資金で油田を買い取り、一躍富豪になった御仁である。

 筆者も80年代から地元のチームとしてチェルシーの試合を観戦していたが、当時は2部に低迷、スタジアムもトラックがある陸上競技場の古ぼけたスタジアムであった。そしてバックスタンドに陣取ったチェルシーフーリガンが有名で、試合後はよく暴れていたクラブであった(余談ではあるがケン・ベート氏は90年代時の首相であるジョン・メージャ氏と親交があり、筆者もよくVIP席でお会いしたものである)。

 アブラノビッチが買収した後、彼はチェルシーFCのスタジアムを改修、現在の42,000人収容のスタジアムとなり、スタジアム周辺を『Chelsea Village』と称し、チェルシーのグッズ販売店、博物館、そしてホテルを建設し昔のフーリガンの巣窟から、英国一の高級住宅地にふさわしいPosyなスタジアムへ一変させたのである。

 そしてプレミアで中堅のクラブを彼の財力で世界的な監督(モリーニョ、アンチロッテ、ベニテス、ヒヂングス、アントニオ・コッテなどを招聘。現在はドイツ人のトーマス・ツッフェが監督)を招聘し、今年のFIFAクラブワールドカップを始めとして、UEFAチャンピオンズリーグ等国内外32のタイトルを獲得している。世界のフットボールクラブ総資産2,181百万ポンド(=3,030億円)、2021年度で8位のトップクラブとなったのである。

 そのチェルシーのオーナーが、今回のウクライナ紛争を機に英国政府から制裁の一環として彼の英国資産すべて凍結、没収された。英国に資産を持つすべてのロシア人に対する制裁が科せられたのである。

 そうなるとどういうことになるのか? チェルシーは存続出来るのか?

 まず主な内容は
1:アブラノビッチ会長はチェルシーの資産を3ビリオンポンドと査定(4,500億円)。この価格で候補の企業等に売却を企て、買収者が出現すれば売却し、その資金はチャリテイ会社を立ち上げて、その資金としたいと表明している。

2:このオファーに対し現在は、英国の不動産企業のNick Candy氏が買収したい意向を示しているが、その価格は2ビリオンポンド(3,000億円)と破格ながらアブラノビッチの建値には差がある。

3:その最中に英国政府のロシア人富豪の資産凍結を決定した為、上記のロシア人たるアブラノビッチがチェルシーを売却出来なくなってしまった。更にチェルシー売り出しに対して、英国政府が制限を科しており、例え買い手が付き売り出せても、アブラノビッチは1ペンスも受け取れないことになる。

4:アブラノビッチの選択は「政府の条件を受け入れクラブの経験を放棄する」か「そのままの状態でチェルシーがつぶれるまで放棄する」の選択となっている。

 一方で、ロシア人富豪として英国政府から英国ビザを剝奪されており、英国には入国出来ない状態も続いている。上記の状況は英国政府次第であり、いつ制裁が解除されるかにもよっている。不覚的要素が多い状況下に置かれているのだ。

 当面の問題として起こっているのは
1:今後のチェルシーのホームゲームのチケット販売が出来ない。無収入となる。

2:チェルシーのグッズ売り場での営業停止。収入無し。

3:隣接のホテル営業停止。

4:選手の移籍、契約サラリー交渉も凍結となる。現在トップチームの選手の移籍が噂されているが、上記英国政府との合意が無ければ当該選手は移籍が出来なくなる。また補強も出来なくなる。更に従業員の解雇も始まった。

5:現在リーグ戦中でありAwayの試合の移動費は英国政府の規定により、1試合20,000ポンド(300万円)に限られており、今週フランスで行われるチャンピオンズリーグ第2戦、リールとの試合には監督自らバンをレンタカーして運転、現地の安ホテルに泊まるかともジョークとして噂されている。

6:ホームでの試合の収入制限は50万ポンドに抑えられており、放映権は受領出来るが凍結となる。

7:Three(携帯電話会社)、現代自動車、ナイキなどのスポンサーも契約破棄した。コマーシャル収入の昨年度154百万ポンド(230億円)が無くなることになる。

8:極め付きはこのまま凍結状態が進むと、最悪破産宣告をせざるを得ず、その場合はプレミアリーグ規定で勝ち点10減となり現在3位から6位に落ち、来年のヨーロッパチャンピオンズ・リーグへの道が閉ざされることになる。負のスパイラルに陥ることになるのだ。

 この英国政府の対ロシア制裁はアメリカ、EU、日本を含む制裁であり、いちチェルシーFCだけでどうすることも出来ないジレンマに陥っており、チェルシーサポーターにとっては、また昔のぺんぺん草が生える『Stanford Bridge SW6(チェルシーの住所で別名スタンフォード・ブリッジといえばチェルシーの事)』には戻りたくないというのが本音であろう。

 ウクライナ紛争の早期解決が望まれる。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08:JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
伊藤 庸夫