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大津一貴のエンジョイフットボールライフ『日本人に圧倒的に足りない“決断力”』

22・01・11
 上写真/モンゴルの道路の様子(バスや車が我先にと突っ込んでいきます)

 
 突然ですが、あなたに質問です。

 歩行者信号の色が「青」、車側の信号の色が「赤」…。この状況にも関わらず、猛スピードで突進してくる車にひかれそうになった経験はありますか?

 少なく見積もっても、私は10回以上の経験があります。とは言っても、これは海外での話です。

 私にとって、第二の故郷とも言えるモンゴルを皮切りに、ニュージーランド、タイに長期間住んだ経験があり、サッカーのトライアウトや個人的な旅行を合わせると、約20か国へ足を運んで来ました。

 その経験から言えることは、「日本の交通マナーは圧倒的に優れている」ということです。特に、私が長年住んだモンゴルの首都・ウランバートルは、お世辞にも交通マナーが良いとは言えません。どの旅行ガイドを見ても、「交通マナーが悪いので事故には気をつけてください」の文面が、120%の確率で記載されています。

 信号機の色は全く頼りにならず、信頼出来るものは、自分自身の「決断力」のみです。歩行者用の信号機の色が青になったとしても、左右の状況を入念に確認し、なんなら前後の状況も確認し、車が確実に止まっていることを確認しつつ、足早に横断歩道を渡る。これが、現地での「普通」です。

 モンゴルだけに限らず、日本のように交通環境が良い国は、世界的に見るとまだまだ少ないのが現状だと言えるでしょう。このような交通事情になる原因や理由は様々ですが、ざっくりと言えることは、「その国を取り巻く”環境”に大きく影響している」ということです。


●サッカーの特徴も、“環境”から影響を受けている

 さて、少しづつサッカーに話をつなげていきましょう。

 日本で生まれ育った私は、日本で義務教育を受けて育ち、日本の大学に進学。卒業後は日本の一般企業で3年間勤めました。いわゆる「普通の日本人」が歩む道を、何の疑問を抱くこともなく過ごしてきました。

 しかし、どうしてもプロサッカー選手になりたい夢を捨てきれず、その可能性を求めて海外に初めて渡ったのが2015年。そこから、様々な国や地域へ行き来する生活を送るようになり、気がつけば丸7年もの期間を日本以外の環境と携わって過ごすようになりました。

 海外でのサッカーライフで気づいたことは、「その国のサッカーの特徴は、その国を取り巻く環境に大きく影響している」ということです。

 前述した交通事情と同様に、日本とは全く異なる特徴のサッカーが、その国や地域ごとに展開されています。現地で「外国人」となる私は、プレーする国やチームに合わせて、絶妙に役割やプレースタイルを変化させながら、一人のサッカー選手として生き残ってきました。

 そのように試行錯誤を積み重ね続けましたが、改めて実感していることは「俺の決断力、まだまだ足りない…!」ということです。


●“ピッチ外”で生まれる差

 そもそもサッカーというスポーツは、選手個人に与えられている「自由度」が“高い”ことが大きな特徴です。

 球形のボールを使い、フィールドには10人+手を使えるゴールキーパーが1人、合わせて11人の選手が、2チームに別れてプレー。相手ゴールにボールを入れることが出来た時に1得点となり、試合時間90分の間に、相手より多くのゴールを奪ったチームが勝利します。

 その際、GK以外のフィールドプレーヤーは手を使うことは出来ません。手以外の体の部位(主に足)で、ボールを蹴ったり運んだりします。野球の「表」と「裏」のように、攻守は分かれていませんので、いつ、どこから、どんなときでも、シュートを打って構いません。また、ポジションが攻撃的な選手でも、GKやDFなどの守備的な選手でも、誰でも構わずゴールを奪うことが出来ます。

 選手個人に与えられる自由が多いサッカーでは、常に「決断(判断)」することが、プレー中に求められる要素です。

 例えば、ゴール前でボールを保持したストライカーがいた場合…

(1)自分がシュートを打つ
(2)フリーな味方にパスを出す
(3)一旦ボールをキープして状況の変化を伺う

 などの選択肢が考えられるでしょう。

 仮に(1)を選択した場合でも、同時にA−Cから決断しなければなりません。

(1)−A ダイレクトでワンタッチシュート
(1)−B ワントラップしてからシュート
(1)−C トラップしてドリブルを入れてからシュート

 というように、どんな形でシュートを打つのかも、その選手の判断によって異なります。

 サッカーでは、このような「決断(判断)」を90分間行い続けます。そして、競技レベルが上がるに比例して、その決断にかけられる時間は限りなく短くなります。トッププロの世界では、0.01秒の世界でプレーの選択が決められていると言っても過言ではありません。

 その領域になると、実質「考える時間」は存在せず、「直感」や「感覚」が頼りになる場面に遭遇します。特に、ゴール前での判断は得点に直結する場面なので、「一瞬のひらめき」がゴールを引き寄せたり、逆にピンチを防ぐようなプレーへとつながります。いわゆる、「勝負の分かれ目」と呼ばれる部分に値します。

 この「決断力(判断力)」を少しでも向上させるためにも、サッカー選手は日々のトレーニングに取り組みます。しかし、「サッカーのときだけ判断力向上を練習している選手」と「サッカー以外の普段の生活から常に判断能力が向上するような環境にいる選手」がいた場合、両者には大きな差が生まれます。

 そして、日本人である私は、前者の「サッカーのときだけ判断力向上を練習している選手」側の人間だったことに、海外に出てから初めて気づいたのです。


●決断する”回数”が圧倒的に足りない日本人

 日本人の「協調性」は、世界に誇れるほどの大きな特徴と言えるでしょう。

 例えば、電車やバスに乗車する際、日本人はきれいに列を作って待機することが出来ます。日本に住んでいる私たちにとって「乗車順を待つ」のは当たり前のことですが、海外の人たちからすると、それは「異様な光景」に捉えられるようです。

 このような特徴を生む要因の1つは、日本の教育や社会構造にあるでしょう。

 「教育」に的を絞って考えてみると、日本では集団教育や一方的な講義スタイルの授業が一般的です。先生の授業をクラスの子どもたち全員で聞き、学期末などにペーパーテストを実施し、その結果で成績を決めます。授業は常に子ども側が「受け身」となるため、内容が分からない生徒がいても授業は勝手に進みますし、その反対に内容をすでに理解している生徒がいても授業の速度や難易度は変わりません。

 このような環境では、個人個人の得意分野や眠っている才能を育てること、すなわち「個性」を育てることは、難しいと表現せざるを得ません。子ども一人ひとりの能力を伸ばすことよりも、集団で足並みをそろえることに重点が置かれているのが、日本の教育の特徴です。

 しかし、海外では国によって教育もスタイルが異なります。

 例えば、私が以前住んだニュージーランドでは、テストを「加点方式」で採点する学校が存在します。日本のテストのように「回答結果」が始めから用意されている訳ではなく、「自分の考え」を記述していく必要があるので、子どもたちは自然と「自分の意見」を持つようになります。

 また、授業方法も「ディスカッション形式」の場合が多く、生徒が自ら発言する機会の多さが特徴です。先生側も子どもの意見を尊重してくれるので、仮に間違ったことを発言していても、否定はしないことを常に心がけているそうです。

 「考える回数」の違いは、教育に限ったことではありません。文頭でご紹介した通り、交通事情のような「住環境」も大きな要因の1つでしょう。

 日本のように、ほぼ100%の確率で赤信号では車が止まってくれる環境と、モンゴルのように70〜80%ぐらいの確率でしか赤信号で車が止まってくれない環境では、長年その場所に住むにつれて「考える回数」に差が生まれます。

 このように、子どもの頃から「何事も常に考える必要がある環境」で育った場合と、ある意味「自分の頭で考えなくても周囲に合わせておけば問題ない環境」で育った我々日本人とでは、「考える回数(=決断回数)」の積み重ねが異なるのです。


 下写真/様々な人種が共に暮らすニュージーランドでは、他人と“違う”ことが、ある意味当たり前の環境
 
 
●その”常識”は、本当に常識なのか?

 「サッカー」と「道路横断」が、決して直結しているとは思っていません(もしモンゴルの危険な信号を渡りまくってサッカーがうまくなるなら、私はもっと巨額の富を得るスター選手に肩を並べているはず…)。

 しかし、何事においても「自ら考えることが習慣である環境」で育った人の中には、言葉ではうまく説明出来ないような「一瞬のひらめき」を魅せるプレーを披露する選手を、何度か自分の目の前で目撃しました。それは、日頃から「決断すること」を何度も何度も積み重ねて、その領域が「無意識レベルに到達した結果」だと、私は考えます。

 特に、ストライカーのような「ゴールを決めること」に特化した選手が、なかなか日本で多く生まれない現実は、決してサッカーの技術や戦術だけでは片付けられない問題が隠れているのでしょう。時には常識から逸脱し、誰もが思いつかないような方法で、答え(=ゴール)を導き出すような人間が、“サッカーにおいて”は「良い選手」となるのです。

 世界的ストライカーのひとりであるルイス・スアレス(ウルグアイ代表)のような選手が、いまだにゴールを量産し続けていることは、大きなヒントではないでしょうか(相手の選手に噛みつくことは、個人的にオススメしないことを断言しておきます)。

 あっ!申し遅れましたが…

 北のサッカーアンビシャスをご覧の皆さま、新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 新年のあいさつは、「必ず文章の最初に書かなければならない」と思い込んでいましたが、「今回の内容であれば最後にあいさつ文を書いた方が読み応えのある文章になるのでは!?」と考えた結果、あえてあいさつ文を最後に書くという「決断」をしました。

 このように、2022年は決断する機会を意図的に増やしてみようと思います。時には失敗することもあるかもしれませんが、その時は私の「チャレンジ精神」を加点方式で得点に換算していただけると嬉しいです。

 上写真/2021年、モンゴル1部リーグFCウランバートルで外国人助っ人として戦った


◆大津一貴プロフィル◆
 少年時代は、札幌山の手サッカー少年団とSSSサクセスコースに所属。中学校時代はSSS札幌ジュニアユース。青森山田高校から関東学院大学へ。卒業後は一般企業へ就職。
2013−2014年は、T.F.S.C(東京都リーグ)
2015年FCウランバートル(モンゴル)
2016年スリーキングスユナイテッド(ニュージーランド)
2017年カンペーンペットFC(タイ)
2018年からは再度FCウランバートル(モンゴル)でプレーし、優秀外国人選手ベスト10に選出された。
2019−21年もFCウランバートル所属
大津 一貴