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ヨーロッパフットボール回廊『ヨーロッパ・スーパーリーグの勃発と消滅【前編】』

21・05・15
 
 まさに3日間戦争終結であった。火種は昨年来水面下で点火していたが、突然爆発し、燃え盛りあっという間に消えてしまった。その後遺症は、火種となった源(みなもと)だけでなく、ヨーロッパフットボール界のみならず、その社会全体に及んでいる。


■第1幕 4月18日
 突然、リアルマドリッドの会長ペレス(74歳)が「ヨーロッパ有力クラブ12クラブが合意し、2024年度よりヨーロッパ・スーパーリーグ(ESL)を結成する」と発表したのである。

 英国からマンチェスターユナイテッド(MU)、マンチェスターシティ(MC)、リバプール(LV)、チェルシー(CH)、アーセナル(AR)、トッテナム・ホットスパー(SP)の6チーム、スペインからリアル・マドリッド(RM)、バロセロナ(BR)、アテレチコ・マドリッド(AM)の3チーム。

 そしてイタリアからユベンタス(JV)、A.Cミラン(ACM)、インター・ミラノ(IM)の3チーム。計12クラブがこのESL構想に賛同しメンバーとして参加すると発表したのである。

 更にドイツ・バイエルンミュンヘン(BM)、オランダ・アヤックス(AJX)、フランス・パリ・サンジェルマン(PSG)にも声をかけたが、この3クラブは不参加を表明した。

その構想としては
 1.ESLは20チームで構成、2グループ(1グループ10チーム)に分けホームアンドアウエー方式とし、シーズン開始は8月、試合は各国のリーグ戦の合間の水曜日を原則として行う。

 2.各グループのトップ3が準々決勝に進み、各グループの4、5位がプレーオフで勝者が準々決勝に進み、その後はホームアンドアウエーでのノックアウトとし、5月に決勝戦とするもの。

 3.上記12クラブ以外の8チームについては、その年の国内リーグの成績で加入できるとしている。

 4.この運営資金としては、アメリカの金融会社JPモルガンが4.6ビリオンポンド(6,900億円)を投資するとしている。

 5.このESLは従来の欧州型スポーツのピラミッド方式とは違い、アメリカ型フランチャイズ制のクローズドショップ(チームを固定化したリーグ戦=入替え戦はない=野球方式)に変換させようとする意図があった。


■第2幕間
 この構想を煮詰め、推進したのはスペインのRMの会長フィオレンチーノ・ペレスであり、その背後で糸を引き、ひそかに構想の具体策を講じ、ヨーロッパ各主要クラブへ呼びかけたのは、MUの副会長であるエド・ウッドワードであった(ESLが発足すればMUの会長ジョエル・グレーザーがESLの副会長になることとなっていた)。

 その背景には、RMはコロナのパンデミックでこの2年間で4億ユーロ(520億円)を損失しており、BRはクラブとして1ビリオンポンド(1,500億円)の負債を抱えていると言われていることにある。上記12+3チームの損失は総額5ビリオンポンド(7,500億円)に上るとされ、ペレス会長としては一気にフランチャイズ制のクローズドショップ制に変革し、安定的経営を狙った計画であった。そのため、同じく巨額の負債を抱えるバロセロナの会長ラポルタとアテレチコ・マドリーを加えスペイン勢を固めたのである。

 一方、この12クラブの多くはスペイン勢を除きアメリカ資本に支配されており、経営陣もアメリカ人、ユダヤ系人によって占められ、従来から存在するヨーロッパの労働者によるスポーツクラブより、ビジネス優先のモノポリースポーツへの転換を図った意図が見える。

 ちなみに英国のMU(クラブ価値4,500億円)は、アメリカンユダヤ人のグレーザー一家がニューヨーク市場に上場しており、LV(クラブ価値4,440億円)もアメリカ資本ジョン・ヘンリーの会社が保有。CH(クラブ価値3,450億円)はロシア系ユダヤ人アブラノビッチが保有。AR(クラブ価値3,000億円)もアメリカ資本家クロンケが保有。MC(クラブ価値4,350億円)は中東UAEの王族シェイク・モンスールが保有。

 唯一 、SP(クラブ価値2,490億円)は英国人ジョー・ルイス会長及び実質の経営権は、ユダヤ系英国人ダニエル・レビー球団社長(彼もケンブリッジ大卒)が握っている。

 イタリア勢の推進クラブはJVであり、フィアット社が母体のクラブ。会長のアンドレア・アグネリは英国オックスフォード大出で、このESL構想の推進役としてRMのペレス会長と二人三脚で進めていた。

 ACMのCEOイバン・ガジダスも南アフリカ共和国ヨハネス出身のオックスフォード大出身であり、JVと関係も深い。そしてIMの会長はステファン・ツアング。中国人であり、Eコマースのジャイアント企業、スニン社出身の富豪である。ビジネス界の背景に名門大学卒のつながりも見え隠れするシンジケートを構築しようとする意図は明白であった。


■第2幕 4月19日
 この新ESLの構想が表に出た後の各界の反応は早かった。まず各国の首脳、協会、サポーターズクラブは素早く反応し反対の声を上げた。
 
 1.英国のボリス・ジョンソン首相は「Very damaging for Football(フットボールに対して大きな損害だ)」と非難。
 またThe FAのパトロン(名誉会長)ウイリアム王子もフットボールのピラミッドを破壊する行為と非難。更に政府のメディア・文化・スポーツ省もスポーツの独占は許されないと反対、フットボール発祥の国としての意思を表明しESLの実行を阻むとした。

 2.フランス大統領マクロンも「フットボールは皆のもの、フランスチームが入っていないのは叡智の現れである」とPSGが参加しないことを称賛。

 3.UEFA(ヨーロッパフットボール協会)も各国FA・リーグと一体となり、この蛮行をストップしなければならないと表明。ESLを認めない方向性を示唆した。

 4.英国フットボールサポーターズ協会も声明を出し「計画を認めるわけにはいかない。目的は単なる彼らの金銭貪欲さを表したもの」と反対の声をあげ、英国6クラブのサポーターズ組織は「クラブはファンを無視し、金に目がくらんでいる。クラブは我々の物、彼らの物ではない」とESLからの脱退を激しく求め、各クラブのスタジアムへデモを仕掛けた。それに呼応して選手からも反対する声が出てきた。

 ―【後編】へ続く―


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08:JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)

伊藤 庸夫