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ヨーロッパサッカー回廊『W杯が終わった―』

18・07・19
 6月15日から一か月、暑いロシアのワールドカップも終わった。この時期、恒例のスポーツ行事であるウィンブルドンのテニスも時を同じくして終わった。

 英国人に、「あなたはワールドカップ派? それともウィンブルドン派?」と聞くと、「決まっているではないか、ウィンブルドンだ。1877年以来の歴史ある紳士淑女のスポーツだ。選手は白以外を着用してはいけないというドレスコードを厳守している、伝統あるスポーツだ」と答え、続けて「フットボールは英国が元祖(公式には中国がオリジナルと言われている)であるが、ワールドカップは我が宿敵、フランス人がFIFAを創立し、1930年にウルグアイで開催したのが始まりだ。我が英国は、その大会には参加していない。しかし、フットボールを世界に広めたのは我が大英帝国であったことも忘れてはいけない」と言うのが皮肉屋の英国人の言葉であろう。

 とはいえ、今年のW杯はその宿敵フランスが1998年自国開催以来、2回目の優勝を飾った。そして今回ほど、予想を覆す結果になった大会は近年にはない。

 大会前の優勝賭け率ではブラジル(1/4.5)、ドイツ(1/5)、フランス(1/6.5)、スペイン(1/6.5)、アルゼンチン(1/10)、ベルギー(1/11)、イングランド(1/18)、ポルトガル(1/28)の順であったが、このうちベスト8に残ったのは、フランス、ベルギー、イングランドの3か国のみ。

 過去、「弱くとも強い」と言われているドイツは予選敗退、ティキタカフットボールのスペインもロシアにPK戦でベスト16敗退。C.ロナウド率いる、2016年ユーロの覇者ポルトガルも、ウルグアイの激しい戦い方にあい、ベスト16戦で1−2と敗退。メッシのアルゼンチンはフランスに3−4と敗退。優勝候補筆頭のブラジルも『ネイマール劇場』ともいわれる大げさなシミュレーションまがいの倒れ方でベスト8戦、ベルギーに1−2で敗退してしまった。世界の賭け屋泣かせの大会であった。

 番狂わせ続きの大会でもあった。開催国ロシアの快進撃、日本の思わぬベスト16入り。そしてドイツを破った韓国。ロンドンオリンピック優勝(U−23)のメキシコがドイツを破ったスピードのある戦い方。PK戦2回勝利(対デンマーク戦とロシアとのベスト8戦)の要である、モドリッチのオーケストラ指揮者のようなプレーメーカー振りでイングランドを破り、決勝に進んだ小国クロアチアの戦い振り。ゴールデンエイジで構成する、アザール、デ・ブルイネ、ルカクを擁するベルギーの3位。そして、大会直前まで声を潜ませていた若手中心のイングランドのベスト4躍進も番狂わせの一つであろう。

 当初、ロシア人スパイ殺人事件で、英国政府は応援ツアーを自粛するよう要請していたが、準々決勝でスウェーデンを破り、1966年以来の優勝を狙える可能性が出来たことで、熱狂的なサポーターがロシアに押しかけてきた。一段と雰囲気が盛り上がってきた大会となった。さらに、参加もしていない世界の工場となっている経済国中国から10万人ものファンが押し掛け、スタジアムには中国語の広告版が圧倒した大会でもあった。

 大会はフランスの勝利で終わったが、今までにない緊迫した試合が最初から最後まで続いた。その要因はいくつか挙げられる。

 まずVARシステムの適用であろう。果たして試合を中断することで、試合の流れが途切れ興を失するのでは、という危惧はほとんどなかったと言ってもよいであろう。

 VARシステム採用によって、過去の大会より圧倒的に増えたのがPKである。この大会で22ものPKが記録された。そして0−0の試合は唯一、予選のフランス対デンマークの1試合しかなかった。チームも選手もそして審判もVARが見ているという安心感もあったのか、すべての国が攻撃第一として仕掛けて行った。

 それだけにCounter攻撃の速さは並外れており、日本がベルギーに3点目の決勝点を入れられた時はわずか9.6秒。どの国にもまるで100mスプリンターのような選手がおり、90分走り回った試合となり観客も試合を堪能できたのではないだろうか。

 過去の大会では、バックスのセットアップから時間をかけてポゼッションフットボールを行う国が多かったが、今回はそのポゼッションにスピードが加わり観客を退屈させる試合はほとんど姿を消した。

 このVARシステムを利用しても、主審の判断に委ねられた場面もあった。決勝戦、クロアチアのペリシッチがハンドをしたとの判定でフランスがPKを得たが、果たしてこのハンドが故意の反則であったか、前にいたフランスの選手がよけた際に不可抗力的に手に当たってしまったのか?主審はVARを丹念に見て、結果的にはPKの判定を下した。

 主審はアルゼンチンのピタナ氏であった。1986年のメキシコ大会でマラドーナがハンドで得点した場面は、『神の手』として認められ、イングランドは敗退した。もしその当時VARがあったなら、マラドーナの得点はなかったことは明白であり、勝敗もどうなっていたか分からなくなっていたであろう。

 客観的に見れば、自然体で手にボールが当たったOn Playであったが、主審のピタナ氏は判定に関して、またあのマラドーナのアルゼンチン人かと思われることを恐れ、ルール通りハンドの判定をしたのではないだろうか。このようにVARを使っても簡単に判断できない場面があることも判明し、その時は主審のゴールデンルールが決定権を持つことを証明したシーンであった。コモンセンスも近代フットボールには必要なのだ。

 そして審判団も得点に絡むファール、例えばハンドかオフサイドかPKかという場面に画面でチェックしていたが、得点に直接絡まない場所でのファールと思われる行為、例えばタックル、エルボー、スタンピングに対しては、試合の流れを途切れないように判定をしていた。

 結果イエローカードが少なく、試合が激しく動く結果となりエキサイティングな試合が増えた。レフリーの判定基準の根源は50:50はファールではないという原則に立ち戻った点は大いに評価できるであろう。そして弱いものが倒れても、それはフィジカルに負けたということで、ファールとならなかったことも評価できるレフリングであった。そして劇場型のけがを装う倒れ方をしても、無視したレフリングもまた評価できるであろう。

 ブラジルのネイマールの大げさな倒れ方、そしてそれをまねたフランス19歳のエムバペに対しても、「誰のまね?」と無視した審判団の成長も、このW杯をエキサイティングにした要因の一つであろう。

 その他種々のインシデントがあった。『The Worst』なのか 『The Best』なのか、議論を呼んだのは、日本対ポーランド戦後半35分以降、日本が攻めを止めボール回しに徹したフットボールで、そのままポーランドが1−0で勝利し試合終了。しかし、同組のセネガルと勝点、勝敗、得失点差に差はなく、イエローカード数が少ないフェアプレーポイントで日本は2位となりベスト16に進出出来た。

 議論を呼んだ西野監督の戦術であった。90分、死に物狂いで得点を目指し勝利するために戦うのがスポーツであり、途中で試合を投げて(これも戦術か?)結果オーライで勝てば良いのか。

 第二次大戦前、ウィンブルドンテニスで日本の清水選手は、相手が滑って倒れた際、あえて相手選手が立ち上がれる所へ緩いボールを打ち返し、万来の観客の賞賛を浴びた。これこそスポーツマンシップ、フェアプレーそして相手をRespectするゲームマナーではないのか。

 4年後の2022年カタール大会、8年後の2026年ではUSA・カナダ・メキシコの3国共同開催が決まっている。そして12年後の2030年にはイングランドComing Homeが期待されている。対抗馬としての中国が北朝鮮、韓国、日本を入れた東アジア共同開催を模索している。一方、ヨーロッパも今年から偶数年の9月から翌年6月にかけて行うUEFAネーションズリーグもスタートする。

 ボール一つでまた数十億人が熱するフットボールに目が離せない―。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
伊藤 庸夫