サッカーアラカルチョ

一覧に戻る

ヨーロッパサッカー回廊『ノンリーグから代表選手へ』

15・12・21
 間もなくクリスマスがやってくる。だが、イングランドのフットボーラーにはクリスマスも正月もない。

 この間、ヨーロッパの多くのリーグはオフとなり、家族デーとして次の新年からの後半戦に備える充電期間となっている。

 しかるになぜ英国では休みにならないのか。過去アーセナルのベンゲル監督が「クリスマス、正月は休みたい。それが選手の質を保つ一番いい方法である。」とプレミアリーグの殺人的日程を批判したことがある。

 しかし英国民は「何を言うのか、この期間こそフットボールの季節なのだ。バカも休み休み言え」とばかりに欧州の冬季休間を揶揄している。

 歴史的に英国のフットボールは労働者の休みに余暇としてプレー、試合を観戦してきた伝統がある。宗教よりも現実の休みに地元チームを熱狂的に応援するのが彼らの楽しみであり、息抜きであり、年間行事でもあるからである。

 そして過酷な日程をこなし、正月明けにトップに躍り出ればそのシーズン優勝の確率は高くなると信じてやまないのである。フットボールはクラブのものでも選手のものでもない、応援するサポーターのものなのだ。そのサポーターが休める時こそ選手は勇敢に戦うことを求められているのである。

 今シーズンも12月19日の後は12月26日(クリスマスの次の日の休み―Boxing dayという―このいわれはクリスマスの次の日、牛乳配達員に感謝をこめて箱にコインを入れ玄関に置いた習わしからボクシングデーという名前がついた)、そして2日後の28日、年を超えて1月2日、12日と続く。その間1月6日はリーグカップの準決も行われ、8日、9日にはFAカップもある。のんびり祝い酒に酔っている暇はないのである。

 そして、今シーズンのプレミアには多くの異変が起こっている。

 昨シーズン優勝のチェルシーが昨年と同じメンバーながら、16試合を終えて9敗を喫しており12月15日現在16位と降格もありうる位置にあり低迷、今シーズンの優勝はなくなったも同然となった。そのチェルシーに16節ホーム戦で勝ったレスターシティが今シーズンの目玉で、トップとなり大躍進を遂げている。

 名門マンチェスターユナイテッドは4位と低迷、一昨年の覇者マンチェスターシティもレスターと3ポイント差の3位、アーセナルは現在2位となっている。

 レスターは昨シーズン14位と辛うじてプレミアに残留できたが、今季はイタリア人ラニエリを監督に迎え、日本代表の岡崎をドイツのマインツより得点力を買っての補強。どこまでやれるのか、シーズン前の予想では降格候補のクラブでもあった。それがこの大躍進である。

 その原動力となっているのは何といってもストライカー、ジャミー・バーディの得点力によるものであろう。

 彼なくしてレスターの快進撃はあり得なかったといえる。『Who is Jamie Vardy?』ジャミー・バーディとは一体誰なのか? 今シーズンになるまで彼を知っている関係者は少なかったはず。今年28歳の遅咲きの選手。身長178cm体重76kg。ノンリーグ出身選手。

 16歳までは現在フットボールリーグ・チャンピオンシップ(プレミアの1部下)シェフィールド・ウエンズデイのユース選手であったがプロにはなれず、地域リーグのストックスブリッジ・パーク・ステイールFCの選手として週給30ポンド(5,400円)を稼ぎながら、工場の技能工として働いていたいわゆるセミプロ選手である。

 その後ハリファクスタウンFCを経て、3年前にノンリーグのFleetwood Town FC(プレミアから数えて5部のクラブ)のセンターフォワードとしてプレー、2011年度に31得点を挙げ認められ、25歳になってやっとフル・プロフェッショナルの選手として晴れてレスターに入団できたのである(2012年)。この間、暴行容疑で6か月も電気タグ(執行猶予犯罪者の足に電気式タグをつけ行動を監視する)をつけられたり、今年になってからもカジノで東洋系のギャンブラーを「ジャップ!!」と呼び人種差別問題を起こしている根っからの労働者階級出身者でもある。

 しかし今シーズンのバーデイの活躍は目を見張るものがある。まずはプレミアリーグ連続試合得点記録を塗り替えたのである。元マンチェスターユナイテッドのストライカー、ファン・ニステルローイが持っていた11試合連続得点を超える12試合連続得点を挙げたのである。これはギネスブックに載る快挙でもある。

 この得点嗅覚に富んだストライカーは、イングランド代表監督ロイ・ホッジソンの目に留まり今年5月には代表に初選出され、現在は常連ストライカーとして活躍、来年のUEFAユーロの代表も約束されている。

 現在16試合、15得点。このままの比率でゴールを量産すればアラン・シーラーの持つ年間34点も抜く可能性もある。監督ラニエリは「ジャミーがプレミアに火をともした。彼のプレーは電撃的だ。彼がランプを持てば火がつくよ。」と冗談を飛ばしているが、アラン・シーラーをほうふつとさせる久し振りに出現したストライカーだ。

 しかも遅咲き、ユースに上がれず、いわばアマチュアリーグ出身。各トッププレミアリーグのユースアカデミーからの選手がなかなか出現しない現在、改めてノンリーグの存在が貴重なものであることを示したのである。

 ノンリーグという言葉は正式のものではない。プロはプレミアを入れて4部構成92チームの所属がリーグと呼ばれ、それ以下のリーグを通称ノンリーグ(Non League)と呼んでいる。フットボールの世界でのステータスはないが伝統的に労働者のスポーツとして町のクラブとして発展したイングランドのフットボールだからこそトータル10部にも及ぶ階層のリーグが成り立っているのである。

 過去にはアーセナルのストライカーで、イングランド代表ストライカーとなったイアン・ライトもノンリーグ出身であるが、彼に次ぐ逸材を求めてこれからもノンリーグの選手を発掘するクラブが増えることは確実である。彼の出現で岡崎の出番は少なくなっていることも事実であるが―。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
現在:T M ITO Ltd.(UK)代表取締役
伊藤 庸夫