サッカーアラカルチョ

一覧に戻る

ヨーロッパサッカー回廊『シン・ビン』

14・02・12
 フットボールの規則は必要最小限しか規定されていない。そのためレフリーの判断が優先されることは他のスポーツと違うところである。

 この規則はFIFAと英国の4つの国(イングランド、スコットランド、ウエールズ、北アイルランド)のフットボール協会とで構成される『International Football Association Board(IFAB)』で決められている。

 昨年新たにルール化されたのはゴールラインテクノロジーの採用によるゴールの認定が機械化されたことであろう。それまではゴールの判定は審判の手に委ねられていた。

 有名な1966年W杯イングランド対西ドイツの決勝ゴールとなったハーストのシュートは果たしてゴールラインを完全に割っていたのかはいまだに証明されていない。しかし副審の最終判断でゴールとなり、結局イングランドが優勝した歴史がある。

 そして2010年南ア大会でのイングランド対ドイツ戦。イングランドのランパードのシュートは、明らかにゴールラインを割っていたにもかかわらずゴールを認められなかったことは、ビデオカメラでゴールであったと世界中に報道されたこともありIFABは重い腰を上げ、やっと昨年よりゴールラインの判定を機械化、規則化し、その判定がついに審判の手から機械の手に変わったのである。

 そして新たなルール改正を唱える向きが出てきた。それがシン・ビンの採用についてである。

 シン・ビンとは何か。この規則はアイスホッケーで採用されている規則である。試合中乱暴なファールを犯した選手がシン・ビン(Sin Bin=罪の箱)と言われるベンチへ退場させられる規則から始まっている。

 ファールを犯した選手のいるチームは一定時間1人少なくなり人数的には5対4となり不利となる規則である。このシン・ビンの罰則はその後ラグビーにも適用され、乱暴なファールを犯せば1人少ない14人で相手15人と戦う羽目になり、戦力的に不利になることは必至である。もちろんアイスホッケーもラグビーもシン・ビンに値する以上の反則を犯した選手には退場という一番重い罰もあるが。

 そこでこのシン・ビンに目をつけたのがUEFA会長のミッシェル・プラティニである。現在のイエローカードに変わるシン・ビンの採用を提唱したのである。イエローカードに変わり10分または15分間その選手はピッチから退き出場できなくするというものだ。

 プラティニは次期FIFA会長の座を狙う野心があり、かつヨーロッパのフットボールを経済的にも、実力的にも世界一のフットボールとした自負を持っている。「100ものアイデアを持ちながら1つとして実現できない御仁」と揶揄されている現会長のブラッターに劣らずのアイデアマンでもあり、今年のブラジルW杯から実施したいとしている。

 果たしてフットボールにシン・ビンが有効な規則となりえるのか、多くの議論がある。

 曰く「1人少なくなったチームは徹底したディフェンシブな戦術をとるであろう。この間は一方的な攻めと守りの試合となりフットボールの根源的な『攻めて守る、守って攻める』という攻防の速さと激しさが誰をも魅了するスポーツとして存在していることに水を差す規則である」と。

 また「勝負にこだわるW杯のような国際試合では負けない試合をするチームが多くなり、フットボールの魅力であるゴールの数が少なくなりひいては万人が楽しめるスポーツであり得なくなる」と。

 「シン・ビンという人工的な罰則施設を作るより、多くの論議を呼んでいるオフサイドの判定基準とその機械化こそゴールラインテクノロジーでの判定に次ぐ規則改正ではないか」とか。

 現在このシン・ビン規則は今年夏以降実験的にオランダのアマチュア・リーグで採用されることになっている。しかしプラティニの提唱はこの6月に行われるブラジルW杯からのぶっつけ本番である。今のところ3月1日に開催されるIFABの会議でそのシン・ビン罰則が議論されることになっている。

 保守的な近代フットボール発祥の地英国4か国のIFABのメンバーが新規則を認めるかは多分に否定的であるが、注目するのに値する会議となることは間違いない。

 注目しよう!


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
現在:T M ITO Ltd.(UK)代表取締役
伊藤 庸夫