サッカーアラカルチョ

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ヨーロッパサッカー回廊『スポーツと政治・法』

13・04・11
 スポーツは政治、法律とは無縁のものという認識は高いのではないだろうか。その認識を改めて思い知らされる事件が起きている。


 ―Di Canioの監督就任・政治問題―

 イングランド・プレミアリーグシーズンもあと7−8試合を残すまでになってきた。

 プレミアクラブの宿命はまずは優勝、次いで、4位以内に入り次期のヨーロッパ・チャンピオンズリーグの椅子を確保することであろう。しかしこの時期一番の関心事はプレミアに残留できるか下部のチャンピオンシップへの降格かをかける熾烈な戦いであろう。

 降格するとその年はプレミアリーグからの分担金(多くはテレビ放映権の一部で約60百万ポンド)が供与されるが、財政的には大きな痛手を受けることは必至であり、クラブオーナー、役員にとっては何が何でも残留してもらわなければ困るのである。しかし現実には3チームが自動降格することがリーグで規定されている。

 4月5日現在、残留をかけているクラブは12位サウザウンプトン(勝点34)から、13位ストーク(34)、14位ノーリッチ(34)、15位ニューキャッスル(33)、16位サンダーランド(31)、17位ウイガン(30)、18位アストンビラ(30)までの7チームと、大方の予想で降格ほぼ確実の19位QPR(23)、最下位のレデイング(23)の合計9チームのうち3チームが最終日5月19日には降格が決定する。

 残留を懸けるクラブは生き残るため、監督を更迭して刺激を与えることが多い。

 すでにサウザウンプトンは1月の時点で監督を更迭、今のところ効果が出て、ほぼ残留の可能性は高い(日本人選手吉田も90分レギュラーとして出場しており、評価は高い)。

 QPRも11月に監督を更迭、生き残りのため元スパーズ監督ハリー・レッドナップを起用、大幅な選手の入れ替えを1月に行ったが、傷はまだ癒せず降格確実。更にレデイングも今年に入り監督を更迭したがこれまた手当てが遅く降格確実となっている。

 そして3月31日、サンダーランドはホームで、マンチェスターユナイテッドに0−1で敗戦。降格に近い成績となったため、名将とも言われている、マーチン・オニール監督を突如解任、後任に元スインドン(リーグ1=上から3番目のリーグ)監督であったパウロ・デイ・カニオを任命した。

 この任命が波紋を呼んでいる。

 サンダーランドという町は元々炭鉱の町、いわば労働者の町であり、労働党の基盤となっている町でもある。現労働党党首のミリバンドの兄で元労働党政権での外務大臣でもあったデービッド・ミリバンドが副会長となっているクラブでもある。デイ・カニオの任命は労働者の町サンダーランドに一躍政治問題を露呈したのである。

 それはデイ・カニオが「ファシスト」であるというもの。2005年に記者の質問に「私は人種差別者ではない。ファシストである」と答えた記録が大問題となっているのだ。

 過去にラチオ(イタリアローマのクラブ)の選手時代、勝利すると何回もナチの挙手をしたこともある。入れ墨にもDVX(ムッソリーニの意味)を入れている。さらに2010年にはイタリアファシストの葬式にも参列、「ファシスト」の異名がつけられている。

 彼の就任記者会見ではフットボールの降格にどう対処するのかという質問より「デイ・カニオはファシストなのか?」に対し、終始デイ・カニオは「私はフットボールの監督であり、国会議員ではない。政治的な質問は受けない」と表明。

 これに対し上記デービッド・ミリバンド副会長は辞任、更にサポータークラブもデイ・カニオの就任に異議を唱え、「炭鉱労働者のクラブを侮辱する監督をサポートしない」と表明。さらにサンダーランドの教会の神父も「ファシストが監督に就任することは宗教的にも許されない。ナチがユダヤ人を虐殺した事実を忘れてはならない」と表明するに至った。

 結局デイ・カニオは「私は政治家ではない。どこの組織(政党)にも入っていない。人種差別者でもない。ファシズムのイデオロギーを支持しない」とクラブと共に声明を発表せざるを得なかった。そのデイ・カニオの試合は今週アウエーでのチェルシー戦が残留をかけた試合となるが、もっぱらの話題はサンダーランドの町のサポートを受けられるかであり、この試合に負ければまた大きな波紋を呼ぶことになろう。

 フットボールと政治、主義、主張、宗教とは異なる世界ではないことを改めて思い知らされた任命である。


 ―フットボールと法との関係―

 マンチェスターシテイのストライカー、テベス(アルゼンチン代表選手)のサラリーは週給20万ポンド、日本円に換算すれば年収14億円の高額所得者である。そのテベスが現在も無免許運転で6か月の運転停止処分を受けているにも拘らず、また運転をし、逮捕された。その裁判で彼の判決はさらに6か月運転停止処分と罰金1,145ポンド(16万円)及び250時間のコミュニテイ・サービスとなった。

 このコミュニテイ・サービスというのは通常の軽犯罪の場合は市当局が行っている道路清掃とかゴミ回収とかのいわゆる3K仕事が主であるが、有名人の場合は老人ホームでの介護、病院、学校などでの啓蒙活動が主となることが多く、テベスの場合は道路清掃、ゴミ回収はないであろうと予想されている。

 しかし年間250時間の時間を、フットボールの試合、練習、遠征の合間に割くことは非常に難しいのではと言われている。ちなみにテベスが2006年ウエストハムに入団して以来、今日までまだ234時間しかプレーしていないのである。いかに250時間をサービスとして費やすのか至難の業である。

 そして例え老人ホームでの奉仕活動を行うにも彼の英語力では意思が通じないのではないかと心配されており、唯一の救済措置は国外追放であろうとも言われている。しかしこの国外追放も裁判所の許可がなければならず、果たしてマンチェスターの地方裁判所が許可を出すかは、また裁判となり、なかなか難しいことになった。

 監督マンチニとは一度サブとしてウオーミングアップを命じられ拒否したことでクラブから出場停止となった経緯もあり、来シーズンは移籍させるのが解決策と言われているが、移籍のウインドーが開くのは7月であり、これから果たしてテベスがこのコミュニテイ・サービスを実施できるのか注目されている。

 過去にはイングランド代表であった、アーセナルのトニー・アダムスが酒酔い運転で逮捕されシーズン中3か月の刑罰を受け刑務所入りした事例もある。テベスの場合も刑務所入りの方が本人にもクラブにもよかったのではという声もあるが、裁判所は見せしめのためにもフットボーラーとはいえ、また外国人とはいえ、法は法であることを示した事例である。果たしてテベスはどうなるのか。

 このような犯罪では英国の判例では執行猶予はない。厳しいのである。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
現在:T M ITO Ltd.(UK)代表取締役
伊藤 庸夫