サッカーアラカルチョ

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ヨーロッパサッカー回廊『ジャイアントキラーなるか?』

13・02・13
 2月17日に行われるFAカップ4回戦の再試合が注目されている。

 プレミアのジャイアント、チェルシーが2部下となるリーグ1のクラブ、ブレントフォードと対戦する。

 ブレントフォードがホーム、グリフィンパーク・スタジアムでの試合は、収容人数12,219人に迫る12,146人のパック状態のなかでシーソーゲームを繰り広げ、ホームのブレントフォードが先行しチェルシーが追いつくという試合で結局2−2の引き分け。再試合となったのである。

 このブレントフォードはロンドンの西ヒースロー空港へ行く道沿いにある。かの有名なキューガーデンの川向うにあるクラブであり、戦前には一時トップリーグにいたこともあるが、このところ上から2部が最高で、3部、4部を行ったり来たりする小さなクラブである。愛称ビーズ(Bee’s)で親しまれる典型的なイングランド下部のクラブである。

 前にも一度紹介したことがあるが、私の親友キースが熱狂的なファンであり、いつも「お前の奥さんはBee’sの赤白段だら模様のレプリカを着て勝利を祝っているか?」と聞いてくる。彼はグリフィンパークに近接した住宅に住んでいるため、40年前引っ越しをして以来、Bee’sのファンとなった(ならざるを得ない)。ほとんど毎試合、熱狂的サポーターとして応援に行き、会社の上司であろうと、国会議員(彼は日英国会議員協会のメンバーでもある)であろうと、日本人であろうと、辺り構わずBee’sを宣伝し、パブでの話題はBee’sオンリー。

 Bee’sの平均観客数は、毎年コンスタントに4,500−5,500人で推移している平均的な3部4部のクラブであるが、今年はシーズン初めより快進撃、2月9日現在6位と来年の昇格への可能性を見せており、久しぶりにFAカップ4回戦にまで進出。上記のようにチェルシーと雌雄を決するまでに成長したのである。

 FAカップ2回戦、2012年12月18日対ブラッドフォードに勝ってからは毎試合6,000人を超えるファンが押し掛け、元旦のボーンマス戦では8,059人という記録を達成、ロンドン西部の小さな町がにわかに活況を呈してきた。

 チェルシーとの再試合が行われる2月17日は、チェルシーのホーム試合、Bee’sに割り当てられた切符の数が6,000枚、それに加えてにわかサポーターを含め1万人もが切符に群がっている。

 キースも既に、息子の切符も確保、手ぐすね引いてわずか10分も掛からない敵地へ乗り込むと息巻いている。Bee’sのサポーターは勝敗は二の次、とにかくチェルシーのスタジアム、スタンフォードブリッジへ乗り込み大声を張り上げ、あわよくばジャイアントキラーになりうるかもしれないという夢を見ているのである。

 Bee’sの選手は3部リーグの選手たちであり、技術、戦術、経験、そして給料の差は歴然。チェルシーの選手が週給10万ポンドに対しBee’sの選手は多くて1,000ポンド、百倍も違う。しかし90分の試合では何が起こるか誰も予想がつかない。同じ人間が戦うのである、という理屈にキースは賭けているのである。

 Bee’sファンにとっては、リーグで上位に残り、来シーズン、チャンピオンシップリーグ(上から2部)に上がってもすぐ落ちると確信しており、チェルシーとのFAカップ4回戦が今年の勝負どころで、この試合が今シーズン一番の試合と認識しているのである。

 グリフィンパーク・スタジアムは、英国のスタジアムの規模からいうと小さい街のスタジアムではあるが、このスタジアムを囲む道路の四隅に4つのパブがあり、ユニークなパブがあることでフットボールファンはBee’sのことをよく知っている。当然、当日切符が買えなかったサポーターはこの四隅のパブで盛り上がることは必定である。

 事々左様にFAカップは年々ドラマを生んできた―。

 金にモノを言わせて勝ち上がるスノッブ(俗物)なチームに飽きてきたロンドンっ子にとって、Bee’sのような泥臭い、下手ながら魂を入れて戦うチームに、夢でもいいから勝ってほしいと願うのである。

 今年も波乱が起こることを期待したい。Bee’sが万が一勝てば、キースは我々をパブに招待してくれること必至である。

 私もチェルシー地区の住人であるが、今年はBee’sに賭けてみよう。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
現在:T M ITO Ltd.(UK)代表取締役
伊藤 庸夫