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ヨーロッパサッカー回廊『経験は金では買えない』

12・01・11
 新しい年2012年が巡ってきた。経済が切迫、原発問題は危険な将来を暗示する中、コンサドーレはJ1復帰、皆さんにとって、明るい光明が見える年を期待します。

 さて、毎年1月1日より1月31日までは移籍ウインドーが開き、ヨーロッパのクラブはシーズン半ばでの補強に躍起となっている。

 イングランドプレミアリーグ優勝を競っているマンチェスターユナイテッド(MU)とマンチェスターシテイ(MC)とがThe FAカップの3回戦で激突。リーグ戦で6−1とコテンパンにやられたMUはそのリベンジに燃え、前半より猛ダッシュ、ウェルベック1得点、ルーニーが2得点を挙げ3−0とリードし折り返す。しかし現在トップのMCもセンターバックのコンパニーが一発退場になり10人となったあとも後半挽回を図り2点を取る。

 そしてサプライズ! サプライズ!

 後半14分に何と昨シーズン5月28日のチャンピオンズリーグ決勝戦対バルセロナ戦を最後に現役引退した、ジンジャーヘアーの37歳スコールズがこの日再登録し、ピッチに立ったのである。放映していたITVでさえ、メンバー表が発表されるまで夢にだにしていなかったスコールズの出場でオールド・トラフォードスタジアムのサポーターだけでなく、メデイアもびっくりとなった。

 MUはスコールズの復帰をひた隠しに隠し、当日メンバー表提出までは発表を控えていた。実際には現在中盤のキーマンであるダレン・フレチャーの長期欠場、将来スコールズの後釜として期待されている若手のトム・クレバリーの足首のけがで、セントラルミッドフィールダー不足をきたしており、この移籍ウインドーの期間に補強しようと監督ファーガソンはトライをしていた。

 しかし例えヨーロッパの代表選手であろうと、いつも勝つことを期待される伝統あるMUというクラブは別格。そして言葉(英語)はもちろん、マンチェスターでの生活環境(雨が多い)になれるかのメンタリテイも要求される中で、チームの一員として期待される活躍をするには時間がかかると判断したファーガソン監督は、引退後コーチの補佐をしているスコールズを数週間にわたり現役復活を説得し、やっと本人の了解を得たのである。スコールズも「引退した時、まだやれるのではないかとも思っており、後ろ髪をひかれる思いがしていた」と述懐、復帰を決定したのである。このThe FAカップにターゲットを合わせ、若手をコーチしながら練習を続けていたのだ。

 後半14分にピッチに立ったスコールズは決してマッチフィットしているわけではなく、MCの2点目はスコールズのミスから入れられている。これからシーズン後半優勝を目指すMUの一員としての戦力員としては100点ではないにしても、チームのムードを高める意味でも、また「完璧を絵に描いた選手」と表現される技術を持つ選手だけに他選手への影響力と期待は大きい。ベテラン38歳のライアン・ギッグスとのいぶし銀2人3脚はこれからのMUにとって大きい物といえる。

 既に、ヨーロッパチャンピオンズリーグではグループ敗退し、UEFAリーグでの戦いとなるMUにとって残るはプレミアリーグ優勝と、このThe FAカップ優勝しかない。スコールズの活躍に期待しよう。

 ところで、スコールズだけが復帰したのではない。元アーセナルの得点マシーン、アメリカのワシントンでプレーを続けているテイアリ・アンリーもアーセナルに復帰する。と言っても完全移籍ではなく、アメリカのシーズンは日本と同じく春−秋制であるため、現在オフとなっており、ベンゲル監督はモナコ時代から育てたアンリーをいわば季節労働者選手として借りてくるのである。彼も34歳悠々とアメリカ“サッカー生活”を楽しんでいる中で、ベンゲル監督の泣き所であるストライカー不足に対応し、助っ人としてこの春までアーセナルのピッチに立つことになる。

 アーセナルは今年のシーズンは無残なスタートとなり降格かともいわれるぐらい勝てず、8月末の移籍ウインドー締切時に何とか補強を果たし、現在はやっと5位へ上がってきたところである。しかしファン・ペーシしかいないストライカーをサポートするストライカーは、来年度のヨーロッパチャンピオンズリーグへの出場資格であるリーグ4位以内に入るためにも不可欠の課題であり、MUのスコールズのようにクラブをよく知る経験者は即戦力として使えると見たベンゲル監督が白羽の矢をアンリーに当てたのである。

 2人の監督に共通していることはファーガソン監督はMUを率いて25年、ベンゲル監督も15年と長期間クラブを監督しており、勝利の道筋を熟知しているからこそ、ベテランとはいえまだまだ使えると判断できたのであろう。

 経験は金では買えないという言葉がぴったりの復帰である。2人のベテランの活躍に目を向けよう。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
現在:T M ITO Ltd.(UK)代表取締役
伊藤 庸夫