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ヨーロッパフットボール回廊『プレミアリーグクラブ新スタジアム建設計画の行方』

25・03・18
 
 プレミアリーグ発足の1992年当時のトップクラブのスタジアムは旧来のデザインであり、古風でホームサポーターの声が響くスタジアムであった。特にゴール裏の立見席にコアのホーム年間パス保有のサポーターがビールを片手にチャントする懐かしさを思い出す古き良き時代の風景であった。

 しかし1989年FAカップ準決勝戦リバプール対ノッティンガム・フォレスト戦で起きた96人の圧死事件「ヒルズボロの悲劇」を契機に当時のサッチャー首相の鶴の一声ですべてのスタジアムの立見席はご法度となり個席化した。以降時代を経て近代的なフットボールアリーナとして増改築、再建設され現在に至っている。

 イングランドにおけるフットボールのメッカ、ウエンブレー・スタジアムもドッグレース場を兼備していた古風なナショナルスタジアムであったが2007年全席個席の8万2千人収容に様変わりし、その後各ホームチームも全面改修した。マンチェスターシティ(MC)、アーセナル、トッテナム、ウエストハム(2012年オリンピックスタジアムを改修)、ブレントフォード、ブライトンなどであり、一部改修、収容人数を増加させたスタジアムはチェルシー、マンチェスターユナイテッド(MU)などであった。

 そして現在エバートンが新スタジアムを建設中であり来シーズンからは新スタジアムでプレーすることになっている。そのスタジアムへ便乗しようとしているクラブが出てきた。なんとそれはMUである。

 昨シーズン来アメリカ資本による経営を継続していたMUは保有株(ニューヨーク株式市場に上場)の27.7%(2,375億円相当)を地元の富豪Ineos社(石油関係)ラットクリフ会長に売却、彼をフットボール部門の総括責任者に任命した。

 彼はこの2シーズン往年の黄金時代のMUの実現のため改革に乗り出したが、現在のところ、正しくジリ貧のあり様を呈している。今シーズン途中で監督のテン・ハグを更迭、後任にはポルトガルリスボンの若手監督アモリムを起用。目標はプレミア優勝、チャンピオンズリーグ優勝などトップの成績を上げ、ヨーロッパ一のクラブへ再度君臨する事であったが、現在13位と低迷。降格レベルから這い上がるのが精いっぱいの状況である。

 その中でラットクリフは現在のオールド・トラフォードスタジアムを解体し、10万人規模の新スタジアムを建設すると宣言した。建設コストは2ビリオンポンド=3,840億円であり、現在のスタジアムを解体し新設するとしている。しかし工期は3年ほどかかる見通しでありその間MUはどこで試合をするのかが問題視されている。

 アーセナルは新スタジアム建設完了までは旧スタジアムでリーグを戦い、新スタジアムへ移行した。またスパーズは新スタジアム完了まではナショナルスタジアムのウエンブレーを借用し試合を行った。MCの新スタジアム建設は元からあった陸上競技場を改築したものであるが、建設中は旧MCスタジアムを使用していた。

 MUの代替スタジアムはあるのか? 現スタジアムを解体している期間、そして新設している期間のおよそ3年間、どこをホームスタジアムとして使うのか大きな課題が指摘されている。7万2千人以上のメンバーがいるMUを収容できるスタジアムはイングランドではウエンブレー・スタジアムしかない。しかしウエンブレーはロンドンにあり、まずサポーターが毎試合ロンドンへ応援に行くことは難しい。選手も常時アウエー試合で移動時間もかかる。心理的にも体力的にも大きな負担を抱えることになる。

 マンチェスターには他にクリケット・スタジアム(トラフォードクリケットスタジアムと言う)があるがクリケット場にフットボールのピッチが取れるのかの課題もある。となれば地元ライバル、MCのスタジアムを使用することはないのか? 100年の宿敵ライバルダービーマッチの相手MCのスタジアムを借りて試合をするのか、出来るのかが問題となってきている。もちろんヨーロッパではミラノのサンシロ・スタジアムはインターミランとACミランの共用でもあるが果たしてイングランドのライバルの戦いを同じピッチでできるのか? 多分伝統的に見て出来ないであろう。

 となると適当な解決策は? エバートンの新スタジアムを借用する案が現実的であろうか。来シーズンからエバートンは新スタジアムで試合を行うが、このスタジアムはリバプールの海岸寄りに位置しマンチェスターから近距離でもあり可能性は高いと思われる。MUの近未来はどうなっていくのか? 巨大スタジアム建設プロジェクトが完成するまでにリーグトップへ躍進できるのか? どうなるか注目である。

 プレミアで現在、他に新スタジアム建設計画があるのはニューキャッスルである。現在5万2千人収容のセント・ジェームス・スタジアムがホームであるが、地形上増築は出来ない。そこで近くのLeazes Parkに6万5千人収容するスタジアム建設の案が出ている。ニューキャッスルのオーナーはサウジの富豪(Saudi Public Investment Fund)であり、建設資金には困らない。現在はプレミアで6位ながらトップ4のチャンピオンズリーグ進出へは勝ち点で3差で、今後ヨーロッパへ躍り出るチャンスもあり現実的な新スタジアム計画が待たれる。

 膨張するプレミアリーグのクラブはそのキャパシテイを拡大するため、スタジアムの拡大近代化計画を推進していく方向にあるようだ。


― 閑話休題 ―
 イングランド代表新監督元チェルシー監督ツッシェル(ドイツ人)は3月下旬の2026W杯ヨーロッパ予選対アルバニア、及びラトビア戦の代表選手26名を発表した。サウスゲート元監督がユーロで決勝まで進出、スペインに負けて以来の代表戦であり選手選出に注目されていた。常連選手であったMUのマグワイヤー、MCのストーンズ、CB及び中盤のグアリシュ、アーセナルのサカらが選出されず。一方でMU新監督アモリムと衝突していたストライカー、ラッシュホードは期限付き移籍したアストンビラで大活躍の実績から選出され期待されている。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−94:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08:JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
伊藤 庸夫