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ヨーロッパフットボール回廊『ジャイアント・キラー第2弾:リバプールの危機』』

25・02・16
 1月号で英国のThe FAカップ3回戦でのプレミアリーグの雄スパーズに食い下がったタムワースFC(上から5部のセミプロチーム)のあわや「ジャイアント・キラーか」のチャンスを取り上げたが、The FAカップ4回戦で正に『フェアリーテール(おとぎ話)』に匹敵するジャイアント・キラーが実現した。

 2月10日、チャンピオンシップ(プレミアの下2部相当)最下位24位のプリマス・アーガイルFCがプレミアリーグの首位を走るリバプールを迎えプリマスのホームで対戦した。イングランドフットボールの1位対44位の対戦ともいえる試合であり勝負は圧倒的にリバプールが優位であった。

 リバプールは相手を侮ったのか、次のプレミア戦第15節が宿敵エバートンとのダービーマッチであることから監督スロットは得点源のサラ、さらにはキャプテン、ファン・ダイクを遠征には同行せず休ませ、勝利を確信して南西部デボン州の港町プリマスへ乗り込んだ。

 プリマスは一昨年シーズンにチャンピオンシップ(プレミアの下部=上から2部)に昇格、期待を込めて元マンチェスターユナイテッド(以下MU)のストライカーであったルーニーを監督に迎え、プレミアへの挑戦を開始した。しかし成績は芳しくなくこの1月までリーグ24チーム中最下位に沈み、このままいけば来シーズンはプロリーグ1部(トップから3部)へ降格する可能性が高くなっていた。その為オーナーはルーニーを1月2日更迭、後任にボスニア出身のミラ・ムスリッチを任命、この試合に賭けたのである。ミラ・ムスリッチはボスニア紛争の為オーストリアへ難民として移住し、オーストリアで選手として活躍、その後ベルギーのサークル・ブルージュのヘッドコーチとしてそのコーチ能力をヨーロッパに知らしめた逸材と言われている。

 試合は圧倒的にリバプールが攻める中、後半8分リバプール、エリオットが痛恨のハンドボールを犯しPKとなりプリマスのハーデイが決めリード。その後リバプールは反撃に転じたがあえなく90分が過ぎ、1−0でプリマスのジャイアント・キラーが実現した。プリマスは3月1日に行われるThe FA カップ5回戦、強敵マンチェスター・シティ(MC)と対戦する。

 またスコットランドでも大番狂わせジャイアント・キラーが発生した。スコットランドカップで現在リーグ2位のグラスゴー・レンジャーズが2部のクイーンズ・パークFCに0−1で敗れた。

 このクイーンズ・パークの最高成績は1923年と55年に2部リーグで優勝して以来の栄誉は受けていない。更に近年まで唯一アマチュアのクラブであり、パートタイマー選手で成り立っている。その2部のチームが強豪レンジャーズに勝ったのだ。筆者は往年のミドルセックスワンダラーズFC(イングランドセミプロ、アマチュアクラブで1970年、80年代日本への遠征でその名を記憶している関係者も多いと思う)の会員でもあるが、まだまだ英国にはアマチュアクラブが存続していることも忘れてはいけないし、時としてアマチュアがプロトップに勝つこともあることもフットボールの醍醐味であろう。

 さてThe FAカップ5回戦からは今まで使用出来なかったVARシステムが使われることになる。The FA カップではプレミア以外のリーグクラブの試合が行われることがあるが、そのスタジアムはVARシステムの装置が無いことが多い。そのため旧来の審判の判定によりゴールを割ったのかオフサイドなのかは主審の判定により決定されることになっている。

 英国ファンのVARシステム採用の可否については、最近のアンケートでは判定に時間が掛かり興覚めであるとする比率が60%を超えており、間違いがあったとしても試合を止めることなく審判の判定を尊重すべきとする興味深い調査結果が出ており、今後の課題となっている。The FAカップ4回戦でのMUがレスターに勝利したコーナーキックからの得点はVARであればオフサイドであったと判明した事でのアンケートの結果であった。とはいえ世界の風潮はVAR無くして判定無しの方向に進んでいる事は確かだ。

 そして2月12日、The FAカップ敗退のリバプールは地元リバプールでのプレミア戦第15節エバートンでのアウエー戦に臨んだ。エバートンは正月明けから監督ダイチを成績不振で解任し、降格の危機もある中、急遽昨季まで元ウエストハムの監督だったモイエを復活の救世主として再契約し臨んだ。

 モイエ監督は2002年から13年までエバートンの監督として采配を振るっていた監督でもある。このダービー戦は「マーシイ・ダービー」と言われる伝統的なリバプール対決でもある。

 試合はエバートンが11分ベトーのシュートで先制したが、リバプールも16分マカリスターが得点、後半サラが78分にシュートを決め、リバプールの勝利かと思われたが、エバートンのストライカー、タルコフスキーがインジュリータイム98分にシュートを決め2−2の同点とした。

 得点を決めたタルコフスキーは得点のセレブレーションでリバプール側のスタンドに向かって拳を挙げた。この行為にリバプールのジョウンズ選手が反撃し両軍入り乱れて殴り合いとなり、レフリーはリバプールのジョウンズとエバートンのダコウレ選手にレッドカード、さらに抗議したリバプールの監督スロットにもレッドカードを課した。そして103分に終了のホイッスルを吹き試合は同点引き分けで終わった。

 リバプールの覇権に影を落とした2試合であった。プレミアリーグ首位リバプールを追うのは2位アーセナルであるが、キーマンである右サイドFWのサカ、そしてストライカーのハヴァッツが長期けがの為欠場しており今後どうなるか、優勝争いが混戦化するものと思われる。

 一方、マンチェスターユナイテッドの動向はみじめな方向へ進んでいる。フットボール部門のオーナーであるラットクリフ会長は更に200名のスタッフの解雇を表明し、この冬の移籍期間は補強をほとんど断念し、3年間で3億ポンド(560億円)の損失をしたと報告している。このままいけばプレミアリーグのポイント剥奪にもかかることになるかもしれない。現在秋から赴任したアモウリ監督の3−4−3システムが機能せず、またMU育ちの元イングランド代表フォワード、ラッシュフォードを使わず、彼はアストンビラに貸し出し契約で移籍させ戦力不足と放漫経営で現在13位と低迷、今後先行き不安なシーズンとなっている。

 息が抜けない戦いが5月まで続く。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−94:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08:JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)

伊藤 庸夫