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八咫烏は日本サッカーの象徴

19・07・24
 今朝(7月22日)の新聞は「参院戦の結果紙面」と思いきや、1面の「まなぶんクイズ」に、サッカー日本代表のエンブレムが取り上げられていた。3本足の烏の問題。その名前は?ときたもんだ。やたがらす「八咫烏」はサッカー選手なら誰もが知っているだろう。和歌山県の那智勝浦の『熊野那智大社』に祭られている。神武天皇(初代天皇)の時代、大和の国を統合するために来た天皇らを道案内した烏の話。サッカーとのつながりは、日本に初めて近代サッカーを紹介した中村覚之助氏が、『熊野那智大社』がある勝浦町の出身だった。

 『熊野那智大社』は大きな滝を配する中で、天武天皇(第40代天皇)が「蹴鞠」を宮内でしたという伝えもあり、3本の足が「天地人」を表わしたものとして、近代サッカーのシンボルになったという。

 何度か尋ねているが、大滝にお参りして、高台にある神社に昇り詰めるとホッとする気がする。故事来歴はいろいろあるが、和歌山のクラブチームのマークであったり、陸海空の自衛隊のシンボルであったり、見る、着ける、戴く人によっても象徴でもある。


聖地・厚別とはまなす国体

 正式名称は「札幌厚別公園競技場」という。今は、北海道コンサドーレ札幌のホームグラウンドのひとつ。札幌ドームが出来てからは、サブグラウンド的に見られていたが、大きな電光掲示板や4基の照明が輝き緑の芝生がさわやかな競技場として親しまれている。

 1989年(昭和64年)の「はまなす国体」の秋季大会のメインスタジアムとして建設したが、別名「64国体」として準備を進めていた。秋季開会式を昭和64年9月17日として、準備万端だった。昭和64年1月7日「第124代昭和天皇崩御」。翌1月8日からは「平成」の世になった。冬季大会(平成元年1月、2月)は旭川、帯広などで開催したが、皇室の「ご臨席」は控えめ。現在の上皇陛下、上皇后が服喪の中で、初めてのスポーツ大会ご臨席になるのが「はまなす」になるとの報が入った時は、北海道スポーツ記者会は、緊張した。そんな史実は、今は語り継がれない。「令和」の新聖地はどこ。

 そして2019年7月20日、厚別のピッチは何事もなかったようにゲームが行われた。1998年にJリーグに参戦したコンサドーレ札幌が主会場として登録した「聖地」が何事もなかったように試合をしている。

 2001年から「北のサッカーアンビシャス」として、何百人の選手やスタッフ、サポーター、ドールズ、ボールパーソンを見てきた。これからもよろしく。
池田淳