北海道コンサドーレ札幌の王道と遍歴2020年9月号

しばらく
「暫」は歌舞伎十八番の掛け声から
初代市川團十郎初演での荒事役の声
辞書で引くと「暫く」と出てくるが
ここでは暫くぶりのブラジル人選手
札幌大学に留学後JSLで50得点
本誌出版2001年からの付き合い

子どもにサッカーの本質が伝わる本
A・P・マリーニョ+笠野英弘とある
幼児からプロを目指しての親が多い
卓球ゴルフやサッカーも10代選手
その中のサッカーでプロは0.17%
プロになるには秀でた才能が必要だ
 
彼らの教えは王様ペレ(ブラジル)
アルゼンチンのメッシやマラドーナ
ロナウド(ポルトガル)小野伸二も
名将スコットランドのファーガソン
監督像はスペインのグラウディオラ
判り易い言葉で「短文」で解説する
    
マリーニョ(66=ブラジル出身)フジタ工業(現・湘南ベルマーレ)
日産(現横浜F・マリノス)で活躍
フットサル日本代表監督も歴任した
子を持つ親は一読に値する―と思う
昨年暮れに読んだ「しばらく」だね
コンサドーレ札幌の王道と遍歴
上:上段写真/A・P・マリーニョ氏、撮影・Photo・Jun 上:下段写真/「子どもにサッカーの“本質”が伝わる本」A・P・マリーニョ氏・笠野英弘氏共著、発行・東邦出版、Amazon他各書店で販売中、価格は1,500円+税
コンサドーレの王道を拓く
ミシャ監督への最高のプレゼント
 「PKを失敗するのは、PKの権利を与えられたものだけにある」。どこかで聞いたような文句である。巻頭の4文字コラム「しばらく」で紹介したアデマール・ペレイラ・マリーニョ氏(66=ブラジル出身)と笠野英弘氏(39=東京都出身、筑波大出)の日本人向けサッカー教書「子どもにサッカーの“本質”が伝わる本」の中で見つけた。
 北海道コンサドーレ札幌の苦境が続く。ミハイロ・ペトロビッチ監督が狙っていた「ルヴァンカップ準々決勝」はPK戦の5人目、FKのエース福森晃斗がブロックされた。その前のJリーグ第13節(8月29日札幌ドーム)の名古屋グランパス戦では、「最期の5分間」で、与えられた「勝利の1発」をルーカス・フェルナンデスが名古屋の名手GKランゲラックに足でブロックされた。監督ミシャ(愛称)は「私はPK戦ではついていない。(昨年のルヴァンカップ決勝、川崎フロンターレにPK負け)。これまでに何度かの経験をしている」と、言い放った。
不屈の精神でPKに臨んだ男の話し
 そこで出会ったのがミスター・マリーニョの「教書」。ちょっと古いがイタリアのFWロベルト・バッジョ。1993年のFIFA年間最優秀選手に選ばれたファンタジスタ。1994年のW杯決勝でPKになり「私が外して負けた」。次のフランスW杯は準々決勝で対戦、PK戦になったが、バッジョが決めた。普通なら「PKをやめているところだが・・・」というのは著者のマリーニョだが、バッジョは「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持ったものだけ」という名言を残した。
次のエンターテイナーは監督
 革靴でダイレクトボレーを放ったのはドラガン・ストイコビッチ監督(55=出身はミシャと同じセルビア)。ペトロビッチ氏とは、7歳違いだが、日本に来てもプレーヤーをしていた。話題に残るのは「ロングパスを出す格好で、横にチョコン」。ゴール前では「シュートのふりをして、DFが身を挺した後、華麗にかわしシュートなど、トリッキーな選手だった」という。最大の手見上げが監督の時。審判に文句を言う「監督は今でもいる」が、日本の監督はジェントルマンで「審判には文句は言わない」が原則。ところがストイコビッチ監督は、それが「日常茶飯事」だったの如く、審判とやりあう。最大の「退場劇」は、ピッチ外から革靴で蹴ったボールがゴールイン。会場は大拍手。退場を指摘した審判にはブーイング。海外からも「賞賛」の声が送られた―と筆者は書く。
小野伸二の「エンジェルパス」
 日本のエンターテイナーとして、小野伸二(40=静岡県出身、FC琉球)。18歳で浦和レッズを振り出しに、01年にオランダのフェイエノールトに移籍、優しいパスや味方を動かすプレーが特徴でした。特に2014年から19年まで札幌でもプレー、「エンジェルパス」という受け手がコントロールしやすいパスを出し、トラップはボールをピタリと止める技を披露してくれました。琉球でも頑張っていますか。いつかまた見たい、お会いしたい。
中村俊輔のフリーキック
 マリーニョ氏が「正確無比」と称する中村俊輔(42=神奈川県出身、横浜FC)。世界一流のフリーキックの秘密というのを知りたい。18歳で横浜F・マリノスに入団。世界を渡り歩く選手になった。左足のキックは、「右足と左足の違いはあるが木村和司によく似たキック」と、私も関係しているSSS札幌のイベントに参加した、金田喜稔氏(元日産・現名蹴会会長)、木村氏、マリーニョ氏たちと、彼らのエンターテイメントぶりを語り合います。
キラーパス中田英寿の技
 中田英寿(43=山梨県出身、元日本代表)。1998年フランスでW杯が行われた。岡田武史監督で中田らも代表選手として出場した。中盤で動き回っている姿を思い浮かべる。新聞記者嫌いで、遠回りではあるが、入ってくる。湘南ベルマーレ(当時はベルマーレ平塚)が母港で、「がんばれのファイトマネーも多かったよう」。マリーニョ氏が注目したのは、俊輔のようなターゲットを狙ったパスや、伸二のような優しい「エンジェルパス」ではなく、「キラーパス」が中田の信条。相手の空きスペースに出すから「走り込め」、である。「教書」ではこれらを、すべてエンターテイメントと呼ぶ。
 
 ドイツ語に訳して、我が北海道コンサドーレ札幌の「状況打開」につながるエンターテイメントを提供したいがー。
                                  (池田 淳)
著者 Ademar Pereira Marinho氏プロフィル
 1954年生まれ、ブラジル・ミナスジェライス州出身、ブラジルの名門チーム「クルゼイロ」のアマ代表チーム主将・プロ1軍選手を経て75年柴田勗監督に誘われて第2期留学生として札幌大学へ。11か月の留学生活を送り、サッカー部の躍進に貢献。短い大学生活の後、フジタ工業(現湘南ベルマーレ)、日産自動車(現横浜F・マリノス)で名ミッドフィルダーとして活躍。日本サッカー国際化の先駆者でもあり、JSL(日本サッカーリーグ=当時のトップリーグ)で137試合出場50ゴールを記録。87年現役引退。
 引退後は、フットサルの普及にも力を注ぎ、98年から2000年はフットサル日本代表監督を務めた。同時に少年から社会人まで多数のサッカーチームの指導や普及に力を注ぎ、北海道ではSSS札幌サッカースクールのスーパーバイザーを務めている。