北海道コンサドーレ札幌の王道と遍歴2019年1月号

ビジョン
「vision」は将来展望とでも
サッカーの場合は洞察力という観点
本来は経済用語で中長期経営の計画
北海道コンサドーレ札幌の場合は?
クラーク博士の語録がフレンドリー
「少年よ大志を抱け」という境地だ

1月4日に2019年スタッフ発表
ミハイロ・ペトロヴィッチ監督留任
四方田修平ヘッドコーチらも継続に
選手27人は移籍6人と復帰と昇格
都倉賢のセレッソ大阪の移籍は歓待
評価次第でコンサドーレに相乗効果

J1を4位で3年目を迎える将来像
ミシャ監督が就任すると長期政権に
監督のビジョンよりも選手らの構え
「ブラボー」の先には進化を求める
サポーターの活に選手も育つ時代だ
年末のパフォーマンスが頭をよぎる
   
日本代表の森保一監督が好調を保つ
若手とベテランの総合力と世代交代
コンサドも同時進行が社長の未来像
監督の目標と選手コーチのスクラム
迷わず着いて行くと理想郷が広がる
今年もピッチで胸を張る君が見たい
コンサドーレ札幌の王道と遍歴
写真上/2001年1月の本紙創刊号に掲載した当時の川淵チェアマンからのお祝いメッセージ。写真左下/昨シーズン最終節の広島戦での札幌ペドロビッチ監督。写真右下/2012年5月26日、札幌厚別公園競技場、札幌対広島の試合。当時広島の監督だった森保一現代表監督。写真はいずれも撮影・石井一弘
コンサドーレの王道を拓く
新時代に挑戦するコンサドーレの未来像を探る
 北海道コンサドーレ札幌は2019年のシーズンに向けてスタートを切った。ミハイロ・ペトロビッチ監督(61=セルビア出身)が、2年目の指揮棒を握る。
 コーチ陣も四方田修平ヘッドコーチを筆頭に8人が留任した。選手は主砲・都倉賢(32)がセレッソ大阪に移籍、内村圭宏(34)が、コンサドーレ9年の在籍でチームを去った。1月4日に(株)コンサドーレからの発表では選手は27人で、移籍はV.ファーレン長崎のFW鈴木武蔵(24)ら6人で、昇格、復帰が2人、完全移籍がタイのチャナティップら3人。2年目の愛称ミシャの来日以来の足跡を見ると、最初のサンフレッチェ広島を指揮した時から「今」がある。
 コンサドーレが「永久」に求める物を「猪突猛進」の年に探り、今後の「ビジョン」を考察してみたい。
ハンス・オフトを広島に呼んだ男
 Jリーグ発足前の1991年2月、広島は「オリジナル10」に選ばれた。1993年の開幕を目指し、社会人リーグ上位を選抜していた。当時の広島の総監督は今西和男氏(1941年1月生まれ=広島出身・東京教育大卒)でイングランドのスチュアート・バクスター監督を1992年に招へい、これより先の1984年にコーチにハンス・オフト氏(オランダ)を招き入れていた。
 1992年からの日本代表監督は川淵三郎キャプテンの要望によるもので1993年の「ドーハの悲劇」は、オフト−今西=広島の悲劇にも通じた。今西が「育成」してきた、森保一、高木琢也らを放出せざるを得ない経営不振期を迎えた。
総監督制からミシャ監督まで
 広島は今西総監督の下、外国人監督の時代が続いた。バクスター監督に続き、95−96年がオランダからビム・ヤンセン監督、97−2000年はスコットランドからエディ・トムソン監督、01年ロシアのヴァレリー・ニポムニシ監督、02年はロシアのガジ・ガジエフ監督と木村孝洋監督。03−06年4月が小野剛監督に続き望月一頼監督が2006年5月に途中で、ペトロビッチ監督にバトンタッチした。07年には異例のJ2降格、1年で復帰したものの11年に退団、クラブOBの森保一監督誕生、広島は2年連続優勝、さらに「ポイチ」の15年にも1stステージ3位、2ndステージ1位で優勝している。
森保に引き継がれたシステム
 ミシャが浦和レッズから「解任宣告」を受けた2017年7月、札幌はホームで浦和に2−0で快勝した。コンサドーレの野々村芳和CEOと三上大勝GMの腹づもりを感じた。札幌ドームの地下2階、記者会見通路でミシャに会った。向こうから「握手」を求めてきた。浦和の調神社(つきのみやじんじゃ)での「必勝祈願」の話をしたことを覚えていたのだ。浦和高校時代の「祈願」は全てここだった。ミシャも何度か行ったことだろう。
 浦和では12年から17年7月まで、16年ルヴァン杯優勝を土産に札幌に移った。広島には、去ってから森保一という日本代表兼東京五輪の監督という宝物を残してきた。3−4−2−1の攻めのシステム。札幌の「堅守速攻」の4−2−3−1のスタイルは、2018年は、広島の城福浩監督が受け継いでいたが、前半戦の快進撃で3−4−2−1の森保システムにした。連勝が止まった時に再び4バックを取り入れたが、間に合わない。しかし、最終戦(昨年12月1日札幌ドーム)では、2−2ながら、札幌と引き分け2位とACL出場権を得た。城福監督は、「代表監督、いつかやってみたい」と某テレビで話していた。
ミシャの七変化は日本のサッカー
 高さで勝てるわけでもない。決定力が秀でているはずがない。しかしボールは相手ゴール前へ運ばれていく。MFのチャナティップのドリブルは見事。昨年のベストイレブンの他、某テレビ局のベスト外国人プレーヤー3人にも選ばれた。ヴィッセル神戸のイニエスタ、名古屋グランパスのジョーとチャナティップ。
 ミシャ監督は、チャナティップをシャドーで使いフィニッシャーの力も着けさせている。今年注目の一人で、札幌に完全移籍した。タイのサッカー人気が高まり、ウインターブレイクからのコンサドーレが合宿地にも選んだ。
 さらに本田圭佑がカンボジアのチームを率いるなど、スペインの選手監督が注目するマレーシアなどミシャ監督が注目するばかりではなく「東南アジア」が、台風の目になっている―と言っても過言ではない。大いに化けたサッカーを展開して欲しい。
森保JAPANの選手起用術
 最近、森保監督の人気が高まっている。ペトロビッチ監督も鼻高々。前半で登場した広島のドン今西和男氏(77)から離れられないのは、彼もミシャ同様に「多角的にサッカーを愛しているからだ」。彼が監督としてのビジョンを求めるのは、1:決断力、2:洞察力、3:分析力、4:想像力、5:個性など。
 ロシアW杯を指揮した西野朗氏や現在の森保氏にも共通する。どんなサッカーを造り上げていくかは、監督という職業を多角的にみると、映画監督、舞台監督らは役者を選べる。サッカーの選手は個性のかたまり、スタッフも同じように配置されるが、選手のコンディションを見抜く力。日々刻々と変化していく「何かを」見抜く。
 ペトロビッチ監督を指揮者と前段で書いたが、まさに90人近いメンバーがどんな音を出すか。サッカーでは、ピッチに出ていくと伝達能力が低下する。鵜飼の鵜のように動いてくれれば。
 そんな話をするサッカーマンが欲しい。「キャプテン翼」も悩み、未来像もやっと。ビジョンどころではない。たぶん鵜も、操り手を悩ますことがあると思うから。
プレーヤーは大幅な入れ替え
 北海道コンサドーレ札幌を運営する(株)コンサドーレ(野々村芳和CEO)は1月4日、選手27人と契約に合意、報道関係者や自社ホームページで公表した。
 新加入では、FWが多く、岩崎悠人(京都サンガF.C.)、鈴木武蔵(V.ファーレン長崎)、アンデルソン・ロペス(ブラジル=FCソウル、元サンフレッチェ広島)の3人。注目はトップ下(シャドー)を狙ってのルーカス・フェルナンデス(ブラジル=ヴィトーリア)。朗報はMF陣のチャナティップ(タイ)と駒井善成(浦和レッズ)が完全移籍に同意した。

―2019年コンサドーレのチーム編成―

GK 菅野孝憲、阿波加俊太、ク・ソンユン
DF 福森晃斗、キム・ミンテ、石川直樹、進藤亮佑、濱大耀、中村桐耶
MF 深井一希、宮澤裕樹、駒井善成、チャナティップ、白井康介、早坂良太、荒野拓馬、小野伸二、
   中野嘉大、中原彰吾、ルーカス・フェルナンデス、檀崎竜孔
FW 菅大輝、藤村怜、ジェイ、岩崎悠人、鈴木武蔵、アンデルソン・ロペス
契約満了選手の進退(2019年1月10日現在)
【移籍先決定選手】
MF 兵藤慎剛(33)長崎県出身、横浜F・マリノスから17年入団。ベガルタ仙台へ。

DF 田中雄大(30)滋賀県出身、ヴィッセル神戸から17年入団。ブラウブリッツ秋田ヘ。

FW 宮吉拓実(26)滋賀県出身、サンフレッチェ広島から18年入団。京都サンガF.C.へ。

FW 都倉 賢(32)東京都出身、ヴィッセル神戸から14年入団。セレッソ大阪へ。

MF 前 寛之(23)札幌市出身、U−12から15、18を経て13年入団。水戸ホーリーホックへ。

MF 三好康児(21)神奈川県出身、川崎フロンターレから18年レンタル。横浜F・マリノスへ。

FW 内村圭宏(34)兵庫県出身、愛媛FCから札幌に来て9年目。11、13年はチーム得点王。
   FC今治へ
   
【未確定の選手】
DF 河合竜二(40)東京都出身、横浜F・マリノスから11年入団。キャプテンを務め、札幌大好き。

MF 稲本潤一(39)鹿児島県出身、元日本代表、川崎フロンターレから15年入団。
   現役続行を目指す。

MF ジュリーニョ(32)ブラジル出身、16年に入団。18年はレノファ山口に期限付き移籍していた。
   感謝の気持ち。

DF 横山知伸(33)東京都出身、大宮アルディージャから17年入団。18年はロアッソ熊本に期限付
   き移籍していた。

DF 菊地直哉(34)静岡県出身、16年サガン鳥栖から入団。17年は四方田前監督によく使われてい
   た。

DF 永坂勇人(24)札幌市出身、U15、18を経て13年入団。17年から水戸ホーリーホックに期限付
   き移籍していた。
                                                      (池田 淳)