北海道コンサドーレ札幌の王道と遍歴2017年12月号

起承転結
「きしょうてんけつ」は文章の構成
中国の漢詩の組み立てが基本になる
洋楽ではロンド形式で交響曲の基調
ベートーヴェンやバッハの時代から
シンフォニーは4楽章で演奏された
Jリーグの洋の東西はいかに結ぶか
    
北海道コンサドーレ札幌が実践する
起は前浦和レッズの監督ミシャさん
承は四方田修平監督のコーチ就任劇
転はペトロヴィッチ監督の戦術展開
結は四方田流でプレーヤー共々勉強
方針が出来た演奏は名曲を奏でるか

オーケストラの表現は指揮者の手腕
楽団員を率いるコンサートマスター
第1バイオリン部の首席奏者が代表
時には指揮者の代役を努めることも
バイオリンはサッカーではFWの役
ピッコロはチャナティップが似合う

弦楽器がFWで中盤のMFは管楽器
DFは楽団でもひょうきんな打楽器
GKは不意の出番のティンパニーか
ハイドンのびっくり交響曲がドーン
運営会社野々村社長CEOの大構想
夢は大きく果報は寝て待つとするか
コンサドーレ札幌の王道と遍歴
上段/12月2日のセレモニーで来季新監督となるペトロヴィッチ氏のビデオメッセージが披露された。その中で、四方田監督に「貴方の力が必要」と伝えられた。下段左/7月29日の札幌戦で指揮を執るペトロヴィッチ浦和前監督。下段右/最終戦での四方田修平監督。いずれも札幌ドーム、撮影・石井一弘
コンサドーレの王道を拓く
16年の壁を乗り越えJ1への挑戦
 1996年「コンサドーレ始動」。20年史を開くと岡田武史の名前が目に入った。「必ずビッグクラブに」。隣のページで中山雅史が「多くのサポーターが来る。愛されているチームになる」と。これが今、やっと実現したように感じる。歴代の監督、選手には「高い壁」を何度も乗り越えられず、大変失礼だと思うが、北海道コンサドーレ札幌の名にふさわしいチームは、2017年からやっとチャレンジが始まったばかりだと思うからだ。J1で12勝7引き分け15敗、勝ち点43の11位。2年目のJ1リーグを迎えることが出来た。選手、スタッフと現場のチカラもさることながら、運営会社、スポンサー、サポーター、さらに北海道の名に恥じないのは道民(道産子=コンサド)に注目されたからだ。ありがとう。
 当初は、川淵三郎、岡野俊一郎、釜本邦茂、デットマール・クラマーも知らない運営会社の社長が続き「コンサート」開催が「コンサドーレ」に見えちゃって―そんな時代に岡田武史監督が、自分から選手を探しに行ったことなど、現在の四方田修平監督が苦労を共に重ねてきた、たまものだったと思う。
 株式会社コンサドーレを立ち上げた野々村芳和社長は、プレーヤーから経営者になった。今苦しんでいる岡田武史氏はプレーヤー、Jリーグ監督、日本代表監督などを経て「自分のチームを育てたい」と四国の今治市で頑張っている。選手を集め、サポーターの大切さを教え、サッカーを共有する仲間の賛同を得て、いまだに芽が出ない。進展を見ないのは「私の責任」と何度も頭を下げたシーンを見かけた。コンサドも同じような経験をして、2度目のチャレンジの舞台に立てた。
 野々村社長は、4年前の就任に当たって「職業 サッカークラブ 社長」を執筆、己の人生に立ち向かった。いま、どの辺を歩いているのだろう。サッカー解説者として「スカパー」でMCをやっている。ジュビロ磐田の名波浩監督と「Jリーグの良い悪い」をぶち上げていたころが、面白かった。そして人間関係の蓄積もできたのだろう。
ペトロヴィッチがやってきた
 いつ、誰が、言い出したのか。7月29日ホーム札幌ドームで行われたJ1リーグ第19節で対戦し浦和レッズに2−0で勝った。この時の浦和のミハイロ・ペトロヴィッチ監督が、2018年のコンサドーレ監督に就任する。コンサドの最終戦12月2日を待たずに「日本国中に響き渡った」。なんかおかしい「臨時株主総会」(11月24日)があり、野々村CEOは8億4千万円の増資を議題にした。可決成立した後、記者会見があった。出来すぎなレースは月末の30日、ミシャさん(ペトロヴィッチの愛称)の就任をぶちあげた。12月1日付で報じられ、2日のドーム最終戦はサガン鳥栖を相手に3−2で勝利。四方田監督が「ミシャさんのもとで勉強したい」と、2万7千余の観衆の前で、コーチ就任を承諾した。新聞記者時代に「サツ回り」もしたが、こんなに早い「犯人逮捕」は、あったかな。「野々さん。万歳だよ」。
 とんとん拍子で、ミシャさんが12月7日に「白い恋人サッカー場」にやってきた。きりっとした寒さとパウダースノーに「故郷のオーストリアに似てるよ」(セルビア生まれのオーストリア国籍)。ピッチには選手はいなかったが、四方田主任らスタッフと約3時間、懇談していた。公の記者会見は来年1月の予定。
通訳の杉浦氏がすごいぞ
 オーストリアはドイツ語。この通訳に抜擢されたのが杉浦大輔氏(43)で、埼玉県北足立郡伊奈町出身で、サッカー少年団を経て中、高校も地元。東洋大からドイツのケルン体育大学に留学する。語学とコーチングを勉強するためだったが、地元の4、5部程度のチームに所属して技も磨いていた。特にこの大学は、スポーツ経営学とコーチングの教授がそろっており、「日本サッカーの父」と言われるクラマーさんもこの大学の教授から教えを受けたという。さらにコンサドを1年でJ1に昇格させた三浦俊也監督(元ベトナム代表監督)も、ここでA級相当のコーチング学を取得したという(帰国後S級取得)。
 杉浦さんは2006年にペトロヴィッチ監督がサンフレッチェ広島の指揮をとると同時に通訳兼コーチとして就任した。6年間勤め、引き続き浦和は2012年から17年7月まで。浦和時代のコーチ仲間、選手も引き連れての「ブレイン」になりそう。
4文字コラムと「起承転結」
 己の個性を出そうと、アンビシャスを書き出した頃から、自分に縛りをかけた。5−7−5と言ってもサッカーの布陣ではない。俳句風の川柳が好きで、道新の読者の声を見て、川柳を書いていたものだ。北海道教育大岩見沢校で「スポーツジャーナリズム論」を教えた。90分授業で、前半45分で10分休憩。朝一番の授業で朝食を採らないで来る学生もいる。初めから設定したもので功を奏した。出欠は終盤に「お題」を出して、一句読んでもらう。60人ぐらいの集合授業だったが、次の授業で「選者吟と上位5人の入選作」を発表する。出席簿代わりだったが「代返」は、大変だったろうナ。
 「起承転結」は、この時に教えた。スポーツの戦評は「結」の部分から入る。勝った負けたの結論が分かるのが良い。そして「転」が来る。だれとだれが、いかにして勝ち取ったか。それから、いつどこでどんな大会で、きょうは何日目で―となる。基本は、いつ、どこで、だれが、何をした、なんのために。5Wである。
 コラムも起・承・転・結の4パート。1パート6行、横1行は16文字。俳句では17音だが、コラムは漢字が使えるから1字減らした。身も細る思いだ。2000年から始めたが、「一意専心」が、5回と一番多い。スポーツ選手にはこの四字熟語が似合う。
名塚コーチがJ2山口へ
 監督、チームスタッフ、選手の移動や戦力外通告など来季の陣容のやり取りが行われる時期になった。

 名塚善寛コーチ(48)=J2レノファ山口コーチへ。千葉県出身。1999年平塚から札幌入団。DFとして活躍、2001年J1残留させた岡田武史監督の時に引退、コンサドーレのアカデミーのコーチに。92年バルセロナ五輪代表、94年の平塚時代にJリーグベストイレブン。日本代表。2017年S級ライセンス取得。
 「19年間、たいへんお世話になりました。選手、チームスタッフ、スポンサーの皆様、そしてサポーターの皆様には感謝の言葉しかありません。コンサドーレと真剣勝負が出来るチームにしてチャレンジします」。

 GK金山隼樹選手(29)=J2ファジアーノ岡山へ完全移籍。島根県出身。2014年、長崎から札幌入団。4年間でJ2では46試合、J1は2試合。カップ戦5試合、天皇杯3試合に出場した。
 「北海道でプレーして、北海道がこんなに好きになるとは想像しませんでした。最高のチームとサポーターの下でプレーできて、僕の財産になりました。これからもチャレンジしていきます。背中を押してください」。

 GK杉山哲選手(36)=東京ユナイテッドFC(関東1部)完全移籍。熊本県出身。2004年、鹿島入団、出番なし。12年札幌へ移籍、6年間でJ1リーグ11試合、J2で38試合、カップ戦2試合、天皇杯2試合に出場した。
 「6年間いつも温かい気持ちで見守ってくれて感謝しています。熊本地震のときに頂いた励ましの言葉や温かいご支援は一生忘れません。北海道で出会った皆さん、本当にありがとうございました」。
契約満了の選手
 MF石井謙伍選手(31)=未定。石狩市出身。U−18からアカデミーを経て2005年札幌入団。10−13年愛媛、14−17札幌。札幌での出場と得点は05−09は115試合17得点。カップ戦3試合、天皇杯7試合1得点。10−13の愛媛は126試合18得点、天皇杯5試合1得点。14−17年札幌は81試合5得点。カップ戦7試合、天皇杯2試合。
「常にコンサドーレの事を考えてプレーしてきましたが、結果を出せないまま夢は叶いませんでした。アカデミー時代も含めて12年間本当にありがとうございました」。

 DF増川隆洋選手(38)=未定。兵庫県出身。大商大を出て2003年福岡入り。名古屋、神戸を経て2016年札幌入団。CBとして活躍。けがのため1年近くプレーができなかった。
「このたび札幌を退団することになりました。仲間や友人と過ごした2年間は素晴らしい思い出になりました。本当にありがとうございました」。

 MFマセード選手(30)=未定。ブラジル出身。2016年入団。WBとして右のライン際のプレーが冴えていた。2年間で38試合に出場し得点は無かったもののしばしば好フィードを出していた。
「加入して今日までチームメートやスタッフ、そして多くのサポーターに支えられて、自分では100%のプレーが出来ました。満足しています」。
                                                     (池田 淳)