北海道コンサドーレ札幌の王道と遍歴2022年6月号

千差万別
「せんさばんべつ」サッカーの場合
物事に沢山の違いがあり好みが分散
十人十色は選手から監督サポーター
チームは多種多様で好き嫌いがある
こんなスポーツだから関心が高まる
Jリーグ野々村芳和チェアマン曰く

「最初10チームが今58に拡大」
さらにJFLや男女のすそ野は広い
W杯イヤー札幌でも日本代表戦開催
新型コロナウイルスに負けない勢い
なんと国立競技場に5万6千余人が
北海道の発生数が『百桁台』なった

さて我が北海道コンサドーレ札幌は
世間ではJが11位ルヴァン杯は?
0−3でサンフレッチェ広島に敗退
ペトロヴィッチ監督の責務は4−0
この差で「勝った」場合だけ準決へ
「俺は待ってるぜ」裕ちゃん頼むぜ

いま我が儘で「千差万別」のコラム
ミシャ監督や若手選手と10年選手
差別や違いを区別するつもりはない
「あとは 頼んだぞ!」言い残して
昨年9月に他界した「白い恋人」の
石水勲翁と「皆それぞれの心」に感謝
コンサドーレ札幌の王道と遍歴
上写真/昨季ホーム最終戦セレモニーで表彰された石水勲氏の遺影を手にした石屋製菓株式会社の石水創社長やチームを離れるジェイ選手ら選手全員と株式会社コンサドーレの野々村芳和社長(当時)らが、後方のサポーターと一緒に記念写真に納まった。2021年11月27日、札幌ドーム、撮影・石井一弘
コンサドーレの王道を拓く
聖地・厚別競技場はコンサドの泣き笑い
 「コンサドーレ札幌」で生まれ、今の「北海道コンサドーレ札幌」になり、足掛け30年。今日2022年6月「11日」、サッカー好きが「(11)イレブンの日」という日に、ミハイロ・ペトロビッチ監督は、「きっと最大の苦労を引き受けている」。
 常に頭から離れない「ACLとルヴァンカップ」。きょうのサンフレッチェ広島戦で「ルヴァンカップ」プライムステージ準々決勝進出が決まる。
 コロナ禍の「苦境の、思い通りの動きも出来ない、シーズンを乗り越えたい」。そして、喜怒哀楽を「一瞬のうちに迎えられるのは、幸せに思う」。
 その前触れは、6月10日付けの「北海道新聞・読者の声」欄。「生誕100年前田信三さん回顧」だ。サッカー中継の「スカパー」の「ブレイクタイム」で、映像が流れる「美瑛の丘」。欧州サッカーの中継の合間に「無料で見せてもらっている」。声の筆者は、石川晋八郎(88)。美瑛の丘を有名にした写真家・前田信三さんの「拓真館」と生誕100年展を主に書いておられた。
 この筆者・石川さんは、1989年の「はまなす国体」の北海道庁・国体局長。上川支庁長などを歴任した道庁職員。ここで北のサッカーの聖地・厚別運動公園競技場が、脳裏に浮かぶ。
 はまなす国体の会場として1986年に新設された競技場は、後にコンサドーレの主会場になり「聖地」と呼ばれるようになった。古くは、噂の人・吉原宏太氏、コーチのブルーノ・クアドロス氏もプレーした。
 「ちょっと深入り」、しておこう。このころコンサドーレは厚別、室蘭、函館などで試合をしてきた。2002年の日韓W杯の会場・札幌ドーム完成からは、ドームと厚別が札幌ホームになった。
石川・国体局長と50年か?
 今、沖縄返還50年を迎えている。そんなに経ったのか―。沖縄返還が決まった2年後「記念国体」が沖縄県で行われた。石川局長となぜか小生(池田淳)が「いつも一緒だった」。まだ、ドルの頃に「沖縄名物を食し」、円になって「国体を迎え」、「本土では2巡目の国体が京都で」。次が「はまなす」の昭和64年「昭和天皇崩御」。
 国体は平成元年、帯広を中心に。そう言えば横路孝弘知事(当時)が、帯広の室内リンクで「ごあいさつ」。天皇家は服喪中で欠席。
 秋は9月17日札幌の厚別運動公園競技場で開会式。天皇・皇后両陛下(現上皇・上皇后両陛下)が初の公の場に「ご出席」。ここで道の石川国体局長と北海道スポーツ記者会の国体報道関係の池田淳幹事とのつばぜり合い。天皇(明仁親王)、美智子妃殿下の「あいさつの撮影場所」。普通は右側から向かって左から一本撮影台(映放・スチール・雑協)が、初のお立ち台。雑誌協会から「申し込み多数」。左右2本にとの要望で、宮内庁記者会と道と記者会の「話し合いの結果」は、左右2本に決まった。のちに石川局長と記者幹事だけが知っている「予算追加は2百万円」だった。
由緒ある札幌で「天下を」
 裏話はまだまだ。はまなす国体が終わり、北海道のプロスポーツ界は、サッカーの北海道コンサドーレ札幌。プロ野球の北海道日本ハムファイターズ、フットサルのエスポラーダ北海道。バスケットのレバンガ北海道が、頑張っている。個人スポーツを入れると、ボクシング、ゴルフ、レスリング、ボーリング、カーリングも入るかな。さらにサッカーの帯広、栗山に新しいチームが出来、「プロを目指してます」は喜ばしい「挑戦だ」。
                                (池田 淳)