コンサドーレ札幌の王道と遍歴2017年10月号

名言の魂
「めいげんのたましい」は座右の銘
このコラムを書いて足かけ17年に
座右の銘は岡田武史さんの塞翁が馬
何度か使ったので題名を名言とした
スポーツ選手らの気概になれば幸い
北海道コンサドーレ札幌は言霊で力
    
最初は登山家の田部井淳子さんの事
「富士は昼間登れば景色が見える」
「御来光は何合目で見ても美しい」
外国人は「フジヤマが日本一だ」と
お百度参り以上に登った山ガールだ
「日本人なら一度は登ってほしい」

ここからは名言を紹介し賢人に迫る
サッカー選手長谷部誠は「向上心」
バスケットの折茂武彦は「恩返し」
実業家の星野佳路代表は監督の一言
アイスホッケー選手「ほめてやれ」
慶応義塾主将のとき関東リーグ優勝

靴職人の山口千尋氏は退社して留学
英国で「得るは、捨つるにあり」を
がん患者の魂を知る秋山正子看護師
病は「まだ山を降りてない」に感動
歌舞伎の坂東玉三郎氏は「型破り」
基本の型を学ばない者は進歩がない

(慙愧に堪えない部分は「王道」で)
コンサドーレ札幌の王道と遍歴

2001年11月24日、J1年間11位で残留を決めて札幌を去る岡田武史監督。札幌ドーム、撮影・石井一弘

コンサドーレの王道を拓く
J1キープは「塞翁が馬」のごとく
 北海道コンサドーレ札幌は、J1リーグ第28節を終わり、7勝7引き分け14敗。勝ち点28で14位をキープしている。10月14日のホームゲーム札幌厚別運動公園競技場での柏レイソル戦まで、ちょっと充電期間がある。何を充電するのか「今はハートでしょ」。
 残るは6試合。2001年のJ1岡田武史監督の時は、16チームの2ステージ制で行われた。1stが勝ち点21で8位。2ndが勝ち点13で14位。年間順位が11位(勝ち点34)で、2002年のJ1キープを勝ち取った。降格は2チームでアビスパ福岡、セレッソ大阪で、昇格は京都パープルサンガ(現京都サンガF.C.)、ベガルタ仙台だった。   
 この年、残り6試合は散々だった。ホーム札幌ドームで浦和レッズと1−1で引き分けた他は、5敗。岡田氏に「石上三年」(石の上にも三年いれば暖まる)のコラムを書いたが、花束を抱えて去っていった。
 「塞翁が馬」は、2000年のJ2優勝の最高潮の時に書いた4文字コラムだったと思う。「人間万事塞翁が馬」の出典は中国の淮南子の人間訓で「近くに住んでいた老人の馬が逃げたが、やがてこの馬が駿馬を連れて帰って来る。(老人は不幸が来る)予言が当たって老人の子が落馬して足の骨を折る(老人は幸福が来る)と。戦争がはじまり、参戦した友は戦死、足が悪かった子は生き残る」という話。
 コンサドーレの現在の四方田修平監督は、当時コーチとして「全て知っている」。苦境を乗り越える力は、誰よりもシビアだ。
エベレストと田部井淳子
 1975年、エベレスト日本女子登山隊副隊長兼登攀(とうはん)隊長として、エベレスト(8,848メートル)に女性で世界初の登頂に成功した。登山家・田部井淳子さんの登場。
 1939年、福島県生まれ。1962年、昭和女子大卒。日本物理学会の学会誌の編纂の傍ら、社会人の山岳会に入会する。谷川岳や穂高岳で登山の技を磨く。その後、登山家としての道を歩む。講演も数々あるが、「テレビ寺子屋」(テレビ静岡製作)で富士登山の話をしていた。その中から今回は、「日本人なら富士山に登ろう」を録画していた。「外国人は日本の総理大臣の名前は知らないが、フジヤマは知っていますよ」から始まり、「何度も富士山に登っているが、私は夜登ったことがない。周りの美しい景色が見えないじゃないですか。御来光は頂上で拝むという人が多いのですが、太陽の光は何合目でも同じですよ」。「私は小学校卒業まで逆上がりが出来なかった。体が弱かったんですが登山を始めて、何事も極めることが大事なことを知った」。
 2016年10月20日、77歳で死去、今頃エベレストの上に立っているかナ。
マコ・ハセベッケンバウアー
 サッカーの日本代表キャプテン長谷部誠選手(33)とドイツの“皇帝”ベッケンバウアー(72)の名前がつながった長谷部選手の愛称。こだわる男は1984年、サッカーどころの静岡県藤枝市で生まれる。
 名門・藤枝東高出身。「キャプテン翼」を見てサッカーを志す。祖父が誠の名を付け、何かと味方になってくれた。指一本を天に向かってあげるのは「じいちゃんへのあいさつ」。浦和レッズに2002年入団、1、2年は芽が出ずMFあたりのポジションを練習した。2004年にトップ下の山瀬功治選手(現・アビスパ福岡=札幌出身)に代わって任せられた中盤で頭角を現した。
 2007年に浦和を退団、ドイツに向かった。ヴォルフスブルク(2008−2013)、ニュルンベルク(2013−14)、フランクフルト(14−現在)。狙うはベッケンバウアーと同じバイエルン・ミュンヘンか。「向上心あるのみ」。
3Pシュートの折茂から
 折茂武彦選手(47)はプロバスケットボールBリーグのレジェンド。なぜ北海道にいるの!と聞きたくなる選手歴。1970年5月14日、埼玉県上尾市生まれ。埼玉栄高から日大。インカレ優勝の土産を持ってトヨタ自動車へ。同時に日本代表入りし世界、国際大会の経験を踏む。正確なスリーポイントシュートは日本一と称された。
 日本を代表する選手が北海道のプロバスケットボール選手になるまでと、日高管内浦河町から「おら東京さ行くだ」と東京に住み着いた小説家・馳星周氏との対談番組「不屈の言霊」。道産子の曽根優NHKアナウンサー(学生時代サッカー選手)が語り。
 東京!のど真ん中で、テンパりたい馳さんと、北海道で自分を見つけた折茂選手。馳さんはデビュー作「不夜城」や「M」など直木賞候補作や推理小説も多い。ほかに「蹴球中毒」など。
 折茂選手はレバンガ北海道の運営会社代表、選手、Bリーグ理事などなど。「北海道が私を生まれ変わらせてくれた」というバスケオンリーな男。結論はこれらの「恩返し」だった。単身赴任で将来は妻子を呼んで、住みたいとも。
7割良ければ「ほめてやれ」
 アイスホッケーの選手だった―というだけで、興味があった。初めてアイスホッケーを見たのが苫小牧だった。ドーンとフェンスにぶつかる音。サッカーと同じオフサイドがある。長野県はスピードスケートと思っていたら、「星野」という名は「電工リンク」を思い出す。さらに古河電工といえば川淵三郎キャプテン(80)。
 ターゲットは星野佳路さん(57)は、今は実業家、星野リゾート代表取締役社長。その道の人なら「星野家5代目」というだろう。
 NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」(言葉のチカラ)から。
 アイスホッケーは、中学時代からやっていて慶応義塾大学のころの監督の一言。「お前が考えている7割で良しとして、ほめてやれ」。早大、明大が強かった関東大学リーグで慶大は優勝した。言うまでもなく、実業の場でも「君たちが主役だ」。この録画は、彼が51歳のころ。今は「福島の風評被害を痛感、20、30年後を考えれば、県名変更が一番の策」と提言している。
清水の舞台から 靴職人
 凄い職人さんがいる。現在の就職事情を考えると、こんなことをできる人は少ないだろう。
 靴職人・山口千尋さん(57)。1960年大阪府出身、高校卒業後に靴製造会社に就職した。25歳のころハンドメイドの靴造りの限界を感じ、上司に相談する。「休職願いを出せば1年間は会社を休める」と会社の規則を知るが、1年では中途半端だった。靴の本場イギリスでの修行が頭の中にあった。父母に相談しても、反対された。
 昔、読んだ本に「得るは、捨つるにあり」を思い出した。何かを得ることは大変なことだ。何かを犠牲にしないとできない。それこそ「清水の舞台から飛び降りる」覚悟が必要だった。退社届を出してイギリス行きを選んだ。26歳になっていた。
 イギリスには靴専門の大学があった。デザインから加工、注文者への配慮など学べば学ぶほど奥が深かった。造り方の練習には大量の皮が必要だった。古くなった靴や切れ端を集めて鍛錬した。
 卒業時には、日本人初の「ギルド・オブ・マスター・クラフツメン」の称号を与えられた。靴の学校と東京銀座に『GUILD of Crafts』の名の店を持つ。時間外労働なんて、関係ない顔をしている。
訪問看護師とがん患者
 がん患者から教えられた。秋山正子さん(67)は、1950年秋田市生まれ。1973年、看護師を目指して聖路加看護大を卒業。22歳で産婦人科の看護師になる。39歳の時に近親者ががんを患った。本人も、家族、親族も、言いようのない苦境を味わう。「どうにかしたい」と、2010年のNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で「どんな時でも、命は輝く」でがん患者と訪問看護師のやり取りの主人公を演じ、放映した。
 患者家族は、夫婦と子供の4人。大黒柱の夫が余命3か月の患者。何を話しても答えてくれない。秋山さんとは、診察日の注射と薬のやり取りだけ。奥さんと秋山さんのやり取りで「夫は山登りが好き」と聞き、「もう そろそろ荷物を降ろしたら」と声を掛けた。反応があった。「まだ山は降りてない、登っている」。この言葉を残して亡くなった。秋山さんはこの出会いを「道しるべ」としている。2016年、日本初のがん相談施設「マギーズ東京」を設立、センター長になった。がん患者・家族らの「重荷を、少しでも軽くするために」。
「型破り」の歌舞伎役者
 型にはまると、演技は決まる。スポーツの世界でも心技体を重んじる。「型」は通じ会える言葉だ。歌舞伎役者の五代目坂東玉三郎さん(67)は、養父で師匠の守田勘彌さんに育てられた。今でも「型破りな演技は型を知らずにはできない。型を知らずにやることは型なしというのだ」と教えられた。感銘する言葉だ。「型なし」にならないように頑張ろう。

 今回は 文字コラムを「名言の魂」としたが、コンサドーレの試合が2週間空くので、「王道を拓く」で、多数の人たちの「名言の現場」を探ってみた。スポーツだけに拘らず、人それぞれ、こころに響く「言の葉」を持っている。テレビを見ていて、これはというものを即ビデオに録画して、何度も見返してみた。テレビや新聞の「著作権」は電子版やネット解放でゆるくなったが、放映権、著作権を気にしながら書いたつもり。よろしく。
                                                       (池田 淳)

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