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ヨーロッパサッカー回廊『ワールドカップが始まった』

10・06・17
 ともあれ、アフリカで初のワールドカップが始まった。スタジアムが完成するのか、犯罪率が世界でも第3位の国(最悪はイラク)毎日50人が殺される国で何が起こるのか、アパルトヘイトの反動のアンティ・アパルトヘイト社会(白人支配から黒人支配への移行)の中で初の黒人によるワールドカップ運営(過去のラグビー、クリケットのワールドカップは白人による運営)はどうなのか。
 
 イングランドが1966年以来の優勝は出来るのか、はたまたスペインが初優勝出来るのか、メッシ、ロナウド、ルーニー、カカ、ロッベン、リベリーといったスーパースターが活躍出来るのか、ジャイアント・キラーは出現するのか、等々の期待をこめて6月11日に開幕した。
 
 そして、予選グループの試合が一渡りした中での“期待度”はどうなったのであろうか。
 
(1)まずワールドカップは質的にヨーロッパ選手権に劣るという定評が崩れた。いわゆるFIFAランキングの低い国は高い国からみてEASYであり、試合前から2次予選に勝ち残る国はほぼ決まっているという定評が崩れたのである。南アがメキシコに引き分け(メキシコ優位であった)、フランスがウルグアイに0−0の引き分け、アルゼンチンがメッシを擁しながらやっと1点でナイジェリアに辛勝、韓国がギリシャに2−0と番狂わせ勝利。
 
 そしてイングランドがアメリカに1−1の引き分け。おまけに点をとられたのは、GKグリーンのトンネルとはお粗末そのもの。イタリアもパラグアイに苦戦の末、やっと引き分け。
 
 驚くべきことは賭け率400分の1の日本がカメルーン(100分の1)に僅か3本のシュート数(戦後のワールドカップで最小シュート数での勝利)で勝ったことと、賭け率4000分の1のニュージーランドがスロバキアにエクストラタイムに同点とし初勝ち点をとったこと。
 
 ブラジルがこれまた4000分の1の北朝鮮に苦戦の末2−1でやっと勝利。優勝候補のスペインも圧倒的にボールを支配していたが、固いディフェンスのスイスに1−0のまさかの敗戦、といった結果でFIFAランキング設定そのものが時代遅れになりつつある世界のフットボール事情の変化を示している。今後グループ予選で勝ち抜ける国は開幕前の予想通りであるかは興味深い。  
 
(2)この大会の特異性は何か。まず誰もが話題にするボールである。“ジャブラニ”ボールは今までのボールと違い、軽く感じるがあまり変化せずよく伸びる。そのためと、ヨハネスブルグ近郊のスタジアムは標高1,400m以上という高地のためボールが更に伸びる。低地で蹴るボールとは違う、相手泣かせ、特にGK泣かせである。イングランドのゴーリー:グリーンのトンネル、アルジェリアゴーリーの目測違いのゴール、ブラジルのマイコンの角度のないゴールライン上からの得点等は、このボールに慣れているかいないかにもよっているようだ。
 
 日本の松井のクロスも普通であれば本田まで届かず、クリアーされていたかもしれない。このボールは特殊なだけに使い慣れている必要がある。参加国の中ではリーグでこのアディダスボールを使っていたのはアルゼンチン、デンマーク、フランス、ドイツ、ギリシャ、日本、メキシコ、ナイジェリア、パラグアイ、スロバキア、南ア、スペインの12カ国でしかない。フレンドリーマッチでさえ、“ジャブラニ”ボールを使っていなかった。
 
 ボールに慣れている国が優勝するのか、これもこれからが楽しみである。

(3)そして上下差がなくなった結果、グループ予選1回戦16試合の総得点は25点と少ない。大差がついたのはドイツがオーストラリアに4−0と勝った試合のみ。引き分けは(1−1)は4試合、0−0引き分けも2試合、あとの9試合は1−0、または2−1、2−0である。多くの国がまずは負けないフットボールをとディフェンス中心となったこともこの結果に表れている。
 
 どのチームも組織で守ることに徹底しており、例えロナウド、メッシ、カカがきても2人がかりで押さえられる程になってきている。今後怪我、退場等によりディフェンスに穴のできた国が勝ち残っていけるか疑問である。
 
 マラドーナの超攻撃的アルゼンチンが勝ち残れるかも見守ってみたい。結局はディシプリンの良いチームが勝つのではないだろうか。賭け率14分の1の上から6位のドイツは初戦4−0とオーストラリアを圧倒、一躍優勝候補のトップに上がってきたのも、ドイツ魂のディシプリンが強い結果であり、どの大会でも優勝候補となりえるのもこのチームディシプリンの強さがあるため。ドイツがどこまで行くか注目である。
 
(4)もう一つの驚きはFAR−EAST(極東)チームの思わぬ活躍である。韓国の強さ(対ギリシャ)、日本のクレバーな勝利(対カメルーン)、ブラジルを驚かせた北朝鮮の守りが次にどこまで通用するかであるが、ここ英国のメディアは違った見方をしている。
 
◇韓国の強さは“マンチェスターユナイテッドのパク・チ・ソンによる勝利”と自国で育ったパク・チ・ソンのワンマンチームとして評価。
 
◇日本の勝利は“カメルーン監督のミス。キャプテンエトーを右ウイングとは”とその無能力な選手選抜を批判、日本に対しては“わずかシュート3本で勝利”と皮肉っている。
 
◇北朝鮮に対しては、定番の“人権問題と韓国海軍の軍艦撃沈”を話題に金正日にメガネをかけたマンガ画を一面にかざし、ピョンヤンでは「本当のスコアはD.P.R OF KOREAが2−1でブラジルに勝った」と報道されていると皮肉を表している。ただ日本生まれのチョン・テ・セについては、“国家斉唱の際、涙?”と彼の激情を表現。
 
(5)スーパースターはどこへ行ったのか、1試合では判断できないが、メッシ、ロナウド、ルーニー、カカ、リベリーの得点はまだ見られていない。新しいヒーローが生まれるのか、これも期待したい。
 
 
◆筆者プロフィル
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
現在:T M ITO Ltd.(UK)代表取締役
 
伊藤 庸夫