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ヨーロッパサッカー回廊『レフリーの役目』

10・02・11
 ワールドカップもあと4ヶ月有余で開幕するが、いつも話題となるのは試合のレフリングである。世界のトップレフリーがアポイントされ、そのジャッジで国際紛争にもなった例もある。ヨーロッパ予選でもフランスのアンリーのハンドを見過ごし、決勝点となり相手アイルランドは出場できなかった。
 
 そのワールドカップのレフリーも決まった。そのレフリーも、普段は自国のリーグで笛を吹いている。そのため、その国のフットボール環境によっても判断基準も違ってくる。
 
 最近の記録によれば、1試合平均レッド、イエローの比率は国によって著しく異なっている。
 
 フットボール大国の英、仏、独、伊、スペインを比較してみると、一番その比率が多いのはスペインであり、イエローが5.04枚/試合、レッドもスペインで0.37枚/試合、一番少ないのはイングランドでイエロー3.05枚、レッド0.17枚である。

【 スペイン 】イエロー5.04枚 : レッド0.37枚
【 イタリア  】イエロー4.24枚 : レッド0.31枚
【 ド イ ツ  】イエロー3.85枚 : レッド0.20枚
【 フランス  】イエロー3.60枚 : レッド0.22枚
【イングランド】イエロー3.05枚 : レッド0.17枚

 この記録だけ見るとあたかもイングランドの試合が一番クリーンであるかに見えるかもしれないが、一般的には一番激しくタックルし、足にもいくし、顔にもエルボーまがいのパンチが飛ぶ。しかし、イングランドのレフリーはファールを取らない、取ったとしても、選手を呼び、注意し、諭し、カードは出さない。
 
 悪質で意図的なファールに対しては、注意し、諭し、それからおもむろに『君はイエローだ、次やるとレッドになるよ』といってカードを出すのである。それに対してスペイン、イタリアでは主審が飛んでいってあたかも『俺が判断するのだ』とばかりカードを出す。注意は後、カードが先。

 その根源は選手のプレースタイルもある。イングランドの伝統である、50:50のチャージは正当であり、倒れた選手がまだ未熟な選手とみなされ、教育的(?)にファールを与えない。そしてどのチャレンジが相手選手をターゲットにしたものか、ボールに行ったのか、ファールなのかの見極めが良いからでもある。ジュニア時代に体験したチャレンジ感覚が主審に残っているからでもあろう。

 一方スペイン、イタリアはどちらかというとテクニックを重視する選手が多い。うまく倒れてファールを取ろうとする、シミュレーション狙いもある。相手を賢くだますのも選手の技量としてみなす傾向もある。その差がこの結果に現れているのであろう。

 翻って日本はどっち?

 過去、日本ではレフリーとは『規則の番人』という感覚が強い。J1では無くなりつつあるが、一番良い例がその下のリーグでファールの位置が2m違ったらやり直す笛が吹かれる。蹴るほうは早く蹴りたいのでポイントがずれる。レフリーは反則ポイントを重視するためにやり直しとなる。

 フットボールのお面白さはフロー(流れていくこと)であり、連続性である。いちいち止まっていたら、選手は休むこととなり、観客はいらつく。そこは常識(フットボールの)の範囲で処理すべき問題であろう。少々の誤差は、プレーの速さ、面白さを優先して流すべきであろう。
  
 英国ではプロが出来る前、試合で判定がもめる場合はチームキャプテン同士で決めていた。キャプテンでも決まらない判定のみ、ハンティングをかぶりジャケットにネクタイ姿の紳士に判定を委ねたのである。選手、レフリーとも常識と良識で判断し、いかに90分間フットボールを、激しく、速く闘い、皆が楽しい時間を過ごせるかが余暇としてのフットボールであったのである。
 
 昨今、実質プレー時間が話題となっているが、90分のうち笛を吹くことで中断する時間はかなり多い。ヨーロッパのトップ試合は65分程度といわれている。Jリーグでも60分にはいかない。その分選手は休んでいることになる。

 ロンドンの公園では多くの草フットボールが行われているが、ほとんどレフリーはいない。従い90分は実質90分である。それでも問題が起こって殴りあいになったということを聞いたことが無い。レフリーがいないほうが皆が楽しめるのかもしれない。それともプロとなると生活がかかり、判定によって収入に影響するためなのか。

 そしてレフリーの存在が選手の育成にも影響していることも見逃せない。もし日本で育ち、規則偏重のフットボールを常日頃やっていると、国際大会では戸惑う。
 
 イングランドに毎年U−16のチームが来るが、ほとんどの試合は1人レフリーだけ(線審はいない)であり、それもタックルで倒れされても笛は吹かれない。オフサイドと怒鳴ってもPlay−on。90分間休みが無い。
 
 InternationalなPlayerとなるには心身共にたくましいことが必要である。タフな選手を作り出すにはレフリーも何が判断基準なのか、どうすればたくましい選手に育つのかを見守りレフリングをする必要がある。さもないとテクニックだけはあるが闘う気持ちの無いひ弱な、選手が多く生まれてしまう。それでは国際試合には勝てない。
 
 ワールドカップも真近、果たして日本は他国のレフリーの中でどう闘えるのか。そして選抜された日本のレフリーの評価は。
 
 
◆筆者プロフィル
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
現在:T M ITO Ltd.(UK)代表取締役
伊藤 庸夫