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ヨーロッパサッカー回廊『判定』

09・12・11
 12月4日、ワールドカップ南アフリカ大会の抽選会がケープタウンで開催される。すでに32カ国が出場を決定、この日の抽選を待っている。
 
 その中で、アイルランド対フランスのヨーロッパゾーンでのプレーオフ戦で、フランスのティアリ・アンリーがゴール前でボールをハンドで扱いセンターに入れ、DFガラスが決めた点は明らかにアンリーのハンドであることがビデオで判明、アンリーも正直にハンドであることを認めた。
 
 アイルランドの選手たちは直後、主審へ猛烈な抗議をしたが、実際、主審、線審とも見えないポジションにあり見過ごされたその判定は覆ることはなかった。この1点がワールドカップへいけるかいけないかの分かれ道であり、アイルランドはまず首相がフランスのサルコジ大統領へ直接再試合を要請、併せてFIFAへも再試合を要請した。
 
 しかしサルコジ大統領は「フットボールのことはフットボールで決めるべき」とし再試合を認めず、またフランスの監督も「主審の決定が最終決定であり再試合をすることではない」と表明、棚上げされたアイルランドは、この南アでのワールドカップを32カ国ではなくアイルランドを加えた33カ国で行うよう提案、ケープタウンでの抽選会に先立つFIFA臨時理事会で取り上げられることになった。
 
 その後、FIFAの事務局長バラク氏は「アイルランドを入れることは難しい」と12月1日に表明、アイルランドの出場の可能性はなくなった。
 
 一方、フランス人でアーセナルのベンゲル監督は、相手選手がけがで倒れ、主審がプレーを止めようとした際、本来なら自分のチームの選手(カヌー)が相手チームへボールを渡すのが礼儀であるのに対し、アーセナルがそのままシュートを決めてしまった事件で自ら再試合を申し出て、再試合が行われたことがある。
 
 その時アンリーもアーセナルの選手であった。フットボール母国のイングランドでアンフェアーなプレーは一生負い目を負う。その教訓からアンリーは正直にハンドを認め、一生偽善者のレッテルを張られることを避け、再試合を申し出たが、フランス協会もFIFAも再試合を認めていない。
 
 この判定に関するフットボール界の動向は1986年のメキシコ大会でのマラドーナの『神の手』でイングランドにアルゼンチンが勝った時代から、今年UEFAヨーロッパカップからゴール裏に第5,6審判を置き、疑惑のゴールの判定を明確にする試みが行われている。しかしこの6人によるレフリングはあくまで人的な判断であり、ラグビー、クリケットが行っているビデオを使ったテクノロジーでの判定には至っていない。
 
 フットボール界だけがテクノロジーを使わず人的判断で判定を決定するのは何故なのであろうか。
 
 フットボールの発祥の地イングランドでは、近代フットボールが生まれた19世紀以前から、判定はお互いのキャプテンの合意で決めるという紳士のスポーツであった伝統を重んじているからでもある。いわゆる審判が生まれたのはフットボールが激しく速くなり、キャプテン同士の合意が中々出来なくなってから、ファン、関係者の中から有識者が鳥打帽、スニーカー姿で審判を御願いされ、審判をおくスポーツとなったのである。
 
 ちなみにイングランドでは、現在でも2級審判から1級審判に上る時は地域リーグで1人レフリーを行い、その結果が評価され、上るシステムとなっている(日本のJFA審判委員長松崎氏も、1人レフリーで英国の1級を取得)。審判もプレーを予測し判定をしなければならない。プレーしている選手はお互いを尊重(Respect)し、判定に従うという常識(Common sense)とフェアープレーを学ぶことになる。
 
 現在のフットボールのルールはFIFAと英国4カ国で構成されるInternational Committeeでしか決められない。果たして南ア大会で判定を補佐するビデオ等のテクノロジーを採用するのか、ゴール裏に第5,6の審判を置くのか、何が真実であり、虚偽であっても判定は判定とするのか、フットボール界は今一度Common senseとFactの接点を問いかけられている。(12月2日)
 
  
◆筆者プロフィル
伊藤庸夫(いとうつねお)
現在:T M ITO Ltd.(UK)代表取締役
東京都生まれ、
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
 
伊藤 庸夫