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ヨーロッパフットボール回廊『シーズン開始11試合でプレミア監督5人が更迭される』

21・11・12
 
 英国プレミアリーグは11月に入り、すでに11試合を消化。シーズンの3分の1にも届かない前半戦にもかかわらず、すでに5人の監督が更迭された。更に1人が幾ばくも無い『命の瀬戸際』に追いやられている。

 まず更迭の口火を切ったのはワットフォード。開幕から7試合目の10月3日、リーグ14位に位置していたが監督ミュノスが更迭された。そしてベテランイタリア人のラニエリが3度目のプレミアの監督に就任した。ラニエリはレスターシティをリーグ優勝に導いた名将であり、ワットフォードのオーナーは、成績が悪くなると即更迭という悪名を払拭出来るかラニエリに課せられている。しかし、11月7日アーセナルに敗北し現在17位と降格ゾーンに低迷している。

 次はロンドンの名門スパーズのヌーノ監督がその犠牲者となった。ウルブスの監督から今シーズン抜擢され就任、開幕3連勝し期待が高まったが、イングランドストライカー、ハリー・ケーンの絶不調で勝てず、11節を経過し5勝1分5敗と9位に低迷。マンチェスターユナイテッド(MU)とのホームでの戦0−3と完敗、会長から即更迭を言い渡された。後任にはイタリア人監督アントニオ・コンテがユベンタス、チェルシー、インターの監督としてリーグ優勝経歴を買われて就任した。コーチ陣を含め1年半18百万ポンド(27億円)での破格の契約となった。しかしエバートンとのプレミア戦は0−0の引き分けに終わり、今後は冬の移籍シーズン開幕まで選手強化を待たねばならない結果となっている。

 スパーズとの試合アウエーで戦ったMUは試合前「勝ったチームの監督は残留、負けたチームの監督は更迭、監督去就を懸けた一戦」として注目されたが、流石ロナウド、先制点をあげMUの快勝となった。これで負ければ更迭とされていたMUのソルシアー監督の首はつながったが、スパーズ監督ヌーノはスパーズを去った。

 そのソルシアー監督の去就はスパーズ戦後のマンチェスターダービー戦、ホームでのMシティとの対戦に懸かっていた。勝てば首はつながる。しかし結果は成す術もなくMシティに0−2で完敗、現在6位に低迷しており、ソルシアー監督の更迭は近づいてきている。後任についてはいまだ憶測の段階であるが、元フランス代表CBのブランが2年間MUでプレーした経験から候補に挙がっているが、現役時代「闘志」と言われたロイ・キーンの名前も上がっている。更に現在レスターの監督ロジャーズがトップ4からのオッファーがあれば考慮するという契約をしており、最有力となってきている。11月のインターナショナル戦後のリーグ戦が注目される。

 ニューキャッスル・ユナイテッドは前号でも取り上げたが、サウジ資金305百万ポンドの買収劇があった。降格候補の19位11試合勝ちなしの不振で、監督ブルースは新しい会長が観戦する中、ホームでスパーズと2−3で敗退、更迭された。後任にはボーンマスの監督として2部からプレミアに上げたエディ・ハウが就任した。果たしてニューキャッスルの熱烈な応援の下、降格ゾーンから這い上がれるかハウ監督の手腕が注目されている。

 そしてアストンビラの監督スミスも今シーズン始め、チームの主軸であるイングランド代表グレアリッシュを100万ポンド(150億円)でマンチェスター・シティ(MC)に移籍された穴が埋められず低迷。11試合3勝1分7敗で降格ゾーンに近い16位に位置している為、更迭された。後任は現在スコットランドのグラスゴーレンジャーズのスティーブ・ジェラード監督が就任することになった。

 ノーリッチは現在ボトム20位。いわゆるプレミアと下部のチャンピオンズシップを往復するシーソークラブとして何とかプレミアに留まっていたが、11月6日のアウエー対ブレントフォード戦を2−1で今シーズン初勝利し、ドイツ人ハルク監督は喜びのインタビューを受けていたが、その直後クラブ会長より馘首(かくしゅ)された。

 シーズン前半戦にこのような多くの監督が更迭される背景には幾つかの要因がある。

 まずクラブ経営陣、特に会長は絶対的権限を持っており、その目標設定が出来なくなる可能性を早めに回避し手当をする。選手は移籍ウインドウが設定され、シーズンはじめと新年の2回の機会しか移籍で出来ない。それにより、選手補強、移籍獲得が出来ない為、早めに対策を実施する必要がある。

その目標とは
1:まずプレミアで4位以内に入り次年度ヨーロッパチャンピオンズリーグに
  参加すること。

2:4位以内に入れない場合でも7位までに入り、チャンピオンズリーグに
  次ぐヨーロッパリーグに参加資格を持つこと。

3:プレミアリーグ優勝。

4:The FA カップ優勝。

5:リーグカップ優勝の順である。

 当然経営的に上記試合にはテレビ放映権が絡み、上位クラブは巨大な放映権料が獲得出来る。更にスポンサー契約も多額になり、これらの収入が移籍選手の獲得に使われる。勝ち馬が勝ち馬たる由縁である。

 現在プレミアクラブのトップ6と言われるクラブは、MU、MC、リバプール、チェルシー、そしてスパーズ、アーセナルである。彼らは上記の栄誉を勝ち得ない場合は、クラブとしての『リエゾンテートル』が失われ、経営面での収入が減少することを恐れている為、負ければ監督更迭が当たり前となっているのだ。

一方プレミアの中堅、下位サイドのクラブは
1:下のリーグへの降格は御法度という絶対的な目標がある為、降格ゾーンの
  18位、19位、20位近くなるとまずは監督を変え、ウインドウが始ま
  る1月に選手を移籍獲得し補強、降格から免れることを第一としている。

2:トップ7及びボトム3の10チームは上記ターゲットに挑戦し、何とか
  プレミアの位置を保持しようとするが、一端危機が訪れると、経営陣は
  まず、監督の責任としてシーズン途中での更迭劇は当たり前のこととして
  いる。

 現在の11月がクリスマスを前にした第一段階である為、このような監督更迭劇が頻繁に行われているのだ。

 一方では監督候補者、特に弱くなったチームを短時間で強く出来る監督が求められるが、フリーの監督候補が少ないことで、争奪戦が起こることもある。コンテのような実績ある監督はソルシアーが更迭されればMUが契約するのでは、と噂されたが実現せず、スパーズの監督となった経緯がある。言わばプレミアの監督業は結果次第の厳しい世界となっているのだ。

 ただその中で注目される監督も存在する。育成に長けた監督、戦術的に卓越した能力を持つ監督も多くいる。

 今シーズン次期イングランド監督と称されているのがブライトンの監督グラハム・ポッターであろう。

 彼は選手としては恵まれた経歴はないが、オープン大学で社会学の学位を取り、選手のマネージメントに卓越し、選手を育てチームを強くする有能な監督として知られている。スエーデンの田舎町オステルスンドの4部のクラブからトップリーグに上げ、ヨーロッパリーグへも進出し、その経歴が認められてイングランドのブライトンの監督として招聘されたのである。

 ブライトンは、現在6位のMUと同じ勝ち点17をあげ、このまま行けばトップ6として来年ヨーロッパリーグへ出場可能な位置に付けている。ほとんど名が知れていない選手でチームを作り上げ、MCにも勝ち注目されている。いかに選手のモチベーションを上げ、全員が同じ方向で試合が出来るかが監督の役目であり、世界的な有名選手を集めているがまるでバラバラのMUと対比されることが多い。

 ポッター監督に注目だ。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08:JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
伊藤 庸夫