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ヨーロッパサッカー回廊『何が違うか、イングランドのフットボール』

09・04・11
 この4月はシーズン終了まで僅か1ヶ月、優勝の攻防、降格昇格の攻防と激しい戦いを強いられる。あと8試合となったニューカッスルはボトム3に甘んじており、52,000人の収容力を持つセントジェームスパークスタジアムの熱狂的なジョーデイ(ニューカッスル地方の人々)サポーターは名門クラブの凋落は許せないと声を荒げていた。
 
 その声にクラブは最後の手段としてジョーデイの英雄、元イングランド代表ストライカー、アラン・シーラーを8試合だけの監督として、救世主として任命した。シーラーの初戦はチェルシー戦、期待に溢れたサポーターがスタジアムに駆けつけたが、如何せん、試合は監督がやるのではなく選手。世界の富豪アブラノビッチの資金で集めた精鋭チェルシーに歯が立たず0−2と敗戦。まだ降格の危機を脱していない。
 
 時として監督が変われば選手も変わると言われるが、選手の持っている限界能力を最大限引き出し、チームとして結集させるのが監督の役目であり、選手の限界能力が突然変わるわけではない。精神的なモチベーションを個々の選手に生ませ、あたかも選手が変わったと思われるのである。やはり世界のトップスターを集めたチェルシーとは選手個々人のレベル差は歴然としていた試合であった。
 
 今やベテランとなったかつての若手ストライカー、マイケル・オーエンも怪我が多く、代表から外されシーラーが任命される前まではベンチを暖めていたが、この試合は期待をこめて出場するも、往年の冴えはなかった。あと7試合、名門ニューカッスルは降格するのか、注目に値する。
 
 一方常時トップ4には至らぬが、プレミアー中堅を堅持しているウエストハムは選手を育てて売却する「アカデミークラブ」として定評を得ているが順位をあと2つあげれば来年度UEFAカップへの出場権を得られる7位と健闘中。
 
 監督は元イタリア代表、チェルシーでプレーしていたゾラが指揮を取っている。対サンダーランド戦2−0と快勝したが、活躍したのは19歳ユースから上ったばかりウインガーのジュニアー・スタニアスと20歳のセンターバック、ジェームス・トムキンスの2人、共にイングランドU21の代表選手として将来を嘱望されている。
 
 ちなみにイングランド代表にはウエストハムアカデミーから、リオ・ファーデナンド、マイケル・カーリッチ(共にマンスターユナイテッド)、フランク・ランパード、ジョン・コール(共にチェルシー)、FBのグレン・ジョンソン(ポーツマス)を生み出している。
 
 アカデミーダイレクターのトニー・カー氏は1972年より生え抜きの選手としてコーチとしてウエストハムに仕えてきた御仁。彼曰く「1997年よりイングランドではプロチームはすべてアカデミーを保有し8歳より21歳まで選手を育てる義務を持っている。年間予算としては約3億円はかかる。このアカデミー費用はあくまで投資であり、果たして対費用効果があるかは図ることは出来ない。収入としては1軍に上った選手の評価(移籍料)価格しかない。しかし上記のトップ選手を移籍させた移籍金総額を考えればウエストハムは既にペイ.オフしている」とそのアカデミー制度の重要性を唱えている。若手を鍛えるアカデミーとその卒業生を思い切りよく使う監督、その起用に応える若手選手。この循環がうまくいっているのがウエストハムの特徴なのであろう。
 
 筆者がいたサンフレッチェ広島でもバクスター監督は若手を使うのに躊躇はしなかった(柳本、片野坂など)またヤンセンも久保、影山といった高卒1年生を即起用する英断性を持っていた。彼らも異口同音に言う「同じ能力の選手なら若くて新鮮で伸びしろがある選手を使うのは当たり前。保守性より可能性を重要視するのは当たり前。監督の仕事は勝つ事が給料の基であるが、チームとして勝つ為には若手を育てて勝つことがチームの強さを永続させることになる」とその哲学を語ってくれたことがある。
 
 その環境下で選手はどう育つのか。それは選手のフットボールイマジネーションにあるといってもよいであろう。まず選手は年少時代毎試合プレミアーを観ているわけではない。地元のアマチュアの試合、ジュニアーの試合、ユースの試合であろう。
 
 イングランドの試合はレベルを問わず、激しい闘争である。ボールは一つ。そのボールを我が物にする闘争心から始まる。次に奪ったボールをさばくのが技術。そして次に監督がイメージする個人戦術、チーム戦術を植え込み試合が成立するのである。先に技術があり、戦術があるのではない。先にあるのは一つのボールを奪い、自由にし、得点を入れるというイマジネーションステップとその過程に対する意欲であり、闘争心なのである。
 
 約10日間イングランドのユース年代のクラブを訪問、代表、プレミアーからアマチュアまでの試合をみて回ったが、改めてその違いがわかった気がした。
 
伊藤 庸夫