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大津一貴のエンジョイフットボールライフ『海外移籍はとても複雑?』

21・06・11
 上写真/ITCの手続きが完了せず、自分自身が移籍後数試合出場できなかったニュージーランド時代(2016年)


 サッカーの海外移籍をする際、外国人選手1人に対して、多くの「費用」と「手続き」が必要になることはご存知でしょうか?

 Jリーグで活躍した選手をはじめ、若くして海外に活躍の場を求める選手、Jリーグを経由せず海外でキャリアを重ねる選手など、国境を超えていく日本人サッカー選手は近年増す一方です。しかし、それを実現するためには多くの壁が立ちはだかり、選手の実力や実績には関係ない要素も多く存在します。

 私自身、国をまたいでチームを渡り歩いてきたので、海外移籍における複雑な手順については、日本国内でプレーしている選手より熟知しているつもりです(手続きの複雑さに何度も泣きました…)。

 そこで今回のコラムは、海外移籍における複雑なシステムを分かりやすくご紹介します。


●ITCの重要性

 読者の皆さま、海外移籍には欠かせない『ITC』や、『TMS』いう言葉をご存知でしょうか。

 まず、ITC(International Transfer Certificate)とは「国際移籍証明書」のことを指し、海外クラブへ移籍するにはどんな一流選手でも絶対に必要な証明書のことです。

 例えば、C・ロナウドがレアル・マドリード(スペイン)からユベントス(イタリア)へ移籍したときも、例外なく必要になったものです。その選手の実力には一切関係なく、国を越えてクラブを移籍する際には、この証明書が必要になります。

 次に、2010年よりFIFA(国際サッカー連盟)は、国際移籍にまつわる手続きをオンライン上でスムーズに行えるように、「Transfer Matching System(TMS)」というシステムを導入しています。TMSから世界各国のチームごとに与えられたアカウントで選手の登録情報が管理され、このオンラインシステムを活用して選手の移籍を行います。

 よって移籍の際には、まず、新たな移籍先のクラブが所属しているサッカー協会を通じて、前所属クラブに国際移籍証明書の発行依頼を行います。その後、それを前所属クラブとサッカー協会が受理します。依頼書の内容に誤りがなければ、前所属先クラブを管轄するサッカー協会からITC(国際移籍証明書)が発行され、選手の移籍は正式に手続きされます。

 改めて文章で書くと物凄く複雑なので、もう少し分かりやすく説明します(最初は私も混乱しました・笑)

 では仮に「北海道コンサドーレ札幌(日本)」から「FCバルセロナ(スペイン)」に移籍する選手が居たとします。

 その場合次の通りとなります…。

=============

1、移籍先クラブ(FCバルセロナ)

2、スペインサッカー協会

3、日本サッカー協会

4、前所属クラブ(北海道コンサドーレ札幌)

=============

 上記の順を追って、移籍の申請が行われます。

 その後「4→3→2→1」の順で(遡って)、移籍が正式に受理されていくのです。

 1から始まった申請が4までたどり着き、更に4から順を追って1まで戻って、正式に移籍が受理されると、ようやくTMSのシステム上でFIFAから『ITC(国際移籍証明書)』が発行され、移籍先のFCバルセロナにて選手登録ができる状態になります。

 海外移籍をするにあたり、選手登録の手続きが大変複雑であることをご理解頂けたでしょうか。前述した4つのうち、1つでも仕事が遅かった場合は移籍がスムーズに進みません。特に海外の場合、日本とは環境が大きく異なるので、手続きに時間が掛かる傾向があります。

 私が「モンゴル」から「ニュージーランド」へ移籍をした2016年シーズン、ITCの手続きに時間が掛かってしまい、チームと契約した直後の数試合に出場できない経験をしました。また、知り合いの選手の中には3〜4か月も移籍手続きに時間がかかったケースもあり、海外移籍の難しさを物語っています。


●リリースレター

 移籍をスムーズに行えるようにする手段の1つは、『リリースレター』を前所属クラブから作成してもらうことです。

 リリースレターとは、「所属クラブとの契約は終了しています」という“契約解雇証明書”のことです。この書類を事前に用意することができれば、移籍手続きがスムーズにいく確率は上がります(時と場合によっては上手く進まないこともありますが…)。選手は、前所属クラブとの契約が終わる時点で、チームからリリースレターを作成してもらうことをオススメします。


●TPOレター

 海外移籍をスムーズに行うために、もう1つ重要な書類があります。それが『TPOレター』です。TPOとは「Third Party Ownership」の略で、日本語に訳すと「第三者保有権」という意味です。この言葉の通り、「我がクラブは、この選手の保有権に関与していません」という証明が、TPOレターの役割です。

 リリースレターと同様に、前所属クラブとの契約が終わる時点で、チームから作成してもらうことをオススメします。


●移籍期間

 世界各国のリーグには、それぞれのサッカー協会で定められた『移籍期間(Transfer Window)』が存在します。どれだけ優れた能力のある選手だとしても、移籍期間内にFIFAで定められた手続きを終えなければ、基本的には試合へ出場することができません。

 2021年2月のニュースで、当時ブラジルリーグのボタフォゴに所属していた元日本代表の本田圭佑選手が、ポルトガルリーグのポルティモネンセへ移籍することが発表されましたが、ポルトガルサッカー協会が定めた移籍期間内に手続きを終えることができませんでした。その為、本田選手の実力や実績とは関係なく、ポルトガルではプレーできない状況に陥ってしまい、ポルティモネンセとの契約は破談となってしまいました。

 本田選手のケースに見られる通り、海外移籍においては『移籍期間』も重要な要素の1つです。


●費用

 日本の社会人リーグなどに登録して活動している方はご存知かもしれませんが、プロ・アマ問わず、日本サッカー協会及び都道府県や市区町村のサッカー協会が運営する公式大会に出場する場合、各協会への選手登録と費用が発生します。

 それは、海外でも同様です。移籍先の国のサッカー協会に選手登録するための『登録費用』が発生します。その費用は、基本的にクラブが負担する形が多いです。

 また、プロサッカー選手として外国人選手をクラブに迎え入れる場合、月々の給料、移籍費用、場合によっては住居や車、航空券やビザ代など、選手の登録費用以外にも様々なお金が必要となります。

 これだけのお金と手間を掛けてでも、チームに貢献できる選手であれば、海外クラブとの契約をつかむことができるでしょう。逆に契約をしてチームに加入できたとしても、それに見合う活躍ができなければ、すぐに契約を解除する方がクラブ運営の視点から見ると合理的です。

 このように、「サッカー」と「お金」は複雑に絡み合っているのです。


●まとめ

 海外移籍を果たすまでに、様々な「費用」と「手続き」が発生します。しかも、それは選手の実力とは関係ない要素も多く、時には「運」の要素が移籍に左右することも見受けられます。

 しかし、選手自身が出来ることはピッチの上で実力を発揮することです。例に挙げた本田選手の場合、ポルトガルへの移籍は破談になったものの、その後に移籍したアゼルバイジャンリーグで活躍し、チームを優勝に導きました。

 サッカーのレベルとは関係なく、一国のリーグで優勝することは決して簡単なことではありません。どんな状況に追い込まれても、本田選手自身が常にトレーニングを怠らず、良い準備をし続けた証拠だと言えるでしょう。

 少し話がそれましたが、海外クラブに移籍が決まった後は、『ITC(国際移籍証明書)』の手続きを完了させることが絶対不可欠です。それをスムーズに実現させるためには、『リリースレター』、『TPOレター』、『移籍期間(Transfer Window)』、『費用』の問題をクリアすることです。

 Jリーグで活躍する外国人選手たちも、例外なく上記の手続きをクリアさせてプレーしています(サッカーに集中できるよう代理人を付けて対応している選手もおります)。サッカーファンの皆さんは、このような実情を知っていると、外国人選手に対する応援の熱量が変わるかもしれませんね。また、これから海外でプロを目指す選手にとっては、知っていて損のない情報です。正しい知識を武器に、サッカーで世界を目指しましょう!


 下写真/契約に必要な資料確認のイメージ

◆大津一貴プロフィル◆
 少年時代は、札幌山の手サッカー少年団とSSSサクセスコースに所属。中学校時代はSSS札幌ジュニアユース。青森山田高校から関東学院大学へ。卒業後は一般企業へ就職。
2013−2014年は、T.F.S.C(東京都リーグ)
2015年FCウランバートル(モンゴル)
2016年スリーキングスユナイテッド(ニュージーランド)
2017年カンペーンペットFC(タイ)
2018年からは再度FCウランバートル(モンゴル)でプレーし、優秀外国人選手ベスト10に選出された。
2019−20年もFCウランバートル所属
大津 一貴