サッカーアラカルチョ

一覧に戻る

ヨーロッパフットボール回廊『フットボール病とは?』

20・12・13
 英国のフットボールもやっと無観客からサポーターをスタジアムへ入れての試合が再開した。12月3日再開の突端の試合はアーセナル対オーストリアのラピッド・ヴィエナとのヨーロッパリーグの試合であった。ホーム、アーセナルは政府のコロナ対策の一部緩和を受けて2,000人のサポーターを収容し試合が出来ることとなった。コロナ勃発によってリーグ中止となった3月13日以来の観客を入れての公式試合となったのだ。

 この決定は英国各地のコロナ感染度合いによって『Tier1(1段階目=感染度合いが許容される地域)』、『Tier2(2段階目=リスクが高い地域)』、『Tier3(3段階目=危険地域)』に分かれており、その地域にあるクラブは収容人員が異なっている。ちなみにマンチェスター地域は『Tier3』となっており、いまだ観客を入れることは出来ず無観客であり、アーセナルのあるロンドン地域は『Tier2』のため2,000人を限度としている。『Tier1』の地域は4,000人まで収容できる(この『Tier』は政府によって感染度合いにより、時々刻々変化する位置付けである)。

 もちろんソーシャル・デスタンシングを取りマスク着用、スタジアム入場前に体温を計測、飲み物は席に持ち込まないという規制はあるが、9か月ぶりのサポーターの応援が入ったことで今までの静かで無乾燥な無人のスタジアムとは雰囲気も違い、選手にとってはやっと息を吹き返した試合となった。結果は4−1とホーム、アーセナルがヴィエナを圧倒して勝利した。その他プレミアの多くのクラブは空いた席にダミーのサポーター写真を置き、雰囲気を醸し出している。

 この結果アウエー勝利が昨年の30.2%からコロナで無観客の為37.9%と多くなった現象も、ホームで勝ってアウエーで引き分けるというリーグの戦い方に戻ることになろう。一つのフットボール病が回復傾向になったことは喜ばしいことだ。

 次に、最近話題となっているのが「Dementia(認知症)はフットボール選手の職業病」になっている現実に今後どう対処していけばよいのかということである。

 11月にマンチェスターユナイテッドのレジェンドである、ボビー・チャールトンが83歳で認知症になっていると発表され、オールドトラフォードスタジアムにその姿が無くなった。

 1966年イングランドW杯の優勝の立役者が最近数年で何人もが認知症により死亡している。ピーター・ボネッテイ(GK)、 中盤の殺し屋歯抜けのノビ―・スタイル(MF)、ボビーのお兄さんであるジャック・チャールトン(CB)、 レイ・ウイルソン(DF)、ジェリー・バイン(DF)、マーチン・ピータース(FW)などなどである。代表以外でもリバプールのトミー・スミス、スパーズのデイーヴ・マッケイそして1968年ヨーロッパチャンピオンズカップ優勝時のキャプテン、マンチェスターユナイテッドの ビル・フォウケスも皆、認知症で亡くなっている。

 筆者もボビー・チャールトンとは1992年の全国高校選手権決勝戦、四日市中央工高対帝京高の試合(2−2引き分け両校優勝)以来の親交を温めているが、試合後テレビ放送のインタビューで「どうでしたか?」との問いに「学校対抗としてはお互いよくやったが17、18歳という選手の年齢を考えると、まだ発展途上のレベルだ」、「イングランドではこの年となると、プロデビューして毎試合強烈なタックルを食らいながら成長していく過程にあり、比較にならない」と強烈なコメントをもらったことが思い出される。そして日本のW杯開催の招致活動ではアンバサダーとして多大な貢献をしてもらった。病は残念というしかない。

 なぜフットボール選手が後年認知症になり死亡するのかという問いには、近年グラスゴー大学の研究で「フットボール選手は通常者より3.5倍も頭部の炎症で死亡するケースが多いという報告がある。更にパーキンソン病にかかる確率は通常者に比べて5倍も多いという」、「当時のボールは重く雨が降ればさらに重くなる。そして戦術的にもロングボールで戦うことが多く、当然Heading(ヘッデイング)の回数は現在よりも多かった」、「当時はまだHead Injury(頭部疾患けが)という概念が希薄で子供の時からHeadingの練習は必須のトレーニングの一つであった。そしてプロともなればゴール前でのクロスからのHeadingでの競り合いは試合を決める鍵でもあった」

 当然選手の頭部への打撃は多くなりそれが後年認知症あるいはアゼルハイマー病、パーキンソン病になる確率は非常に高いという論文である。この論文に基づき、これを重く見たTHE FA(イングランドフットボール協会)は今年2月に『Update Heading Guidance Announcement(ヘッデイングに関する最新のガイダンス)』を下記の骨子で発表した。

■1.11歳以下(小学校時代)はヘッデイングの練習を禁止する。
 ちなみにUEFA(ヨーロッパ、英国4か国)では11歳以下のフットボール試合はハーフピッチ8人制としており、ほとんど浮いたボールでの戦いはなくドリブル、パス・アンド・ムーブ、シュートの試合となっている為ヘッデイングはほとんどない。

■2.16歳以下(中等学校時)Headingの練習はしてもよいが、Low Priority(優先度は低く行う)とし、基本的な安全なHeadingを正しくコーチし頭部への打撃を少なくすることを奨励。

■3.また18歳以下のユース時代では16歳以下と同じヘッデイングを練習しても良いとし、試合の中でのHeadingはトップと同じとすると決定した、というガイダンスである。

 PFA(プロ選手組合)でもこれらの認知症にかかった選手に対しての補償も今後検討していく考えを示している。

 このHeadingによる認知症に対する扱いは、現在ラグビー協会にも波及し特に、タックル、スクラム時に脳震盪(のうしんとう)を起こし多くの選手が後年認知症となっている状況を踏まえて、どう防ぐのか、方策がないのか検討を始めている。今後どのようにルールが改善変革するか見守る必要があろう。

 もしHeadingがフットボールで禁止になったとしたらどのようにプレーするのか全く現代のフットボールとは違うスポーツになってしまうかもしれない。

 日本でも『他山の石』としてけが防止、将来の認知症防止に動いていく必要はあるのではないだろうか。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08  :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
伊藤 庸夫