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ヨーロッパフットボール回廊『イングランド・フットボールの体制が激変か』

20・10・13
 コロナ感染者が急増し第2波の危機に直面している中、英国政府は3月に施行したロックダウンを感染度の高い地域に対し3段階(赤、橙、黄)に区分けし再度今月10月12日より実施すると首相ジョンソンが発表した。

 現在特に感染者が多い地区はまさにフットボールカウンティと呼ばれる、マンチェスター地区、リバプール地区、バーミンガム地区、そしてニューカッスル地区である。その地区は赤表示でパブ、飲食店は22時閉店、場所によっては営業中止、外出時、勤務時事務所でのマスク着用義務化、6人以上の集まり禁止、ソーシャル・ディスタンシングの徹底などの対策を講じること、そしてプロスポーツへの観客導入を当初10月1日としていたことを覆し、来年3月まで認めないことを決定した。違反者は従来通り1回に付き200ポンド、再犯は倍々となることとなっている。

 このような社会状況の中で、エンターテインメントとしてのフットボールの試合は、上はプレミアリーグ(PL)から下はアマチュアまで無観客試合で現在行われている。試合を観戦出来るのはテレビのみとなってしまった。しかも有料放映が原則である(コロナの影響で公共放送局BBCが2試合ライブで放映することになったが)。

 このテレビ放映はトップPLの試合のみであり、放映権料は放映クラブを優先に、PLが各クラブへ配分している。その総額は年間2.5ビリオンポンド(3,340億円)と桁違いに巨額である。下部のチャンピオンズリーグ、フットボールリーグ1部、2部総勢72(総称してEFL)のクラブは従来パラシュート放映権料として年間25百万ポンドをプレミアリーグから受けているにすぎない。無観客試合ではEFLクラブは一部試合の入場収入と一部スポンサー収入を見込めなくなってしまったのである。彼らにとっては存亡の危機に直面している。

 下部のリーグの72クラブは年間250百万ポンドが無観客で損失すると試算されている。当然倒産の憂き目を受けるクラブが出てくることは必至であり、EFLはPLに対し、年間250百万ポンドをファイナンスしてほしいと要請、スポーツ省もこれを支持して早晩解決する筈であった。

 しかし全くのどんでん返しがPLの一部トップクラブから起こってきた。そのコロナのまっただ中にあるリバプールとマンチェスターユナイテッドの代表が結託し下記の要項をPLは実施したいと主張。そのPL経営会議が11日行われ、反対したのはレスターのみという結果で新たな案がThe FA及びスポーツ省との協議に移ったのである。

その骨子は次の通り。
◆1. PLのチーム数を18とする。(現在20)

◆2. EFLへPLは毎年250百万ポンド援助する。

◆3. リーグカップ(プロ92チームによるカップ戦)及びコミュニティシールド(開幕に先立ち前年度リーグ優勝クラブ対FAカップ優勝者の試合)を廃止する。

◆4. パラシュート金は廃止する。

◆5. PLリーグの年間予算の25%をEFLへ提供する(無償供与)

◆6. The FA(英国フットボール協会)へ年間100百万ポンド(135億円)を無償供与する。

◆7. PLのトップクラブ6(リバプール、マンチェスターユナイテッド、マンチェスターシティ、アーセナル、チェルシー、トッテナム・ホットスパー)及び古豪のエバートン、ウエストハム、サウサンプトンの9クラブで議決し6票以上の賛成で決定する。(従来は20クラブのうち14クラブの賛成が必要であったのを改正する。

◆8. 昇格、降格はPLのトップ2が自動昇格、ボトム2が自動降格、PLボトム3とEFLの3,4,5位がプレーオフで昇格、降格を決める。

◆9. PL及びチャンピオンシップクラブは各クラブで試合のハイライトをクラブのサイトで放映できる。

◆10.UEFAのファイナンシャル・フェアープレー規則は遵守する。

◆11.シーズンは遅くスタートし、シーズン前の海外でのフレンドリーマッチが行える日程とする。海外遠征での収入を確保するため。

という案を発表したのである。

 コロナで経営不安に陥ったEFLを援助する仕組みに見えるが、よく見ると、このシステムを導入することによって「地元のサポーターによって成り立つフットボールクラブ」という理念を捨て、あくまで強い者は強くなり弱い者は弱くなるという弱肉強食のリーグになりかねないと危惧する見方もある。またPLがFAを凌駕する(乗っ取りする)、下克上が起こったという見方もある。

 ちなみにこの案を提唱したのはリバプールとマンチェスターユナイテッドの2人の会長である。ともに、アメリカ人の富豪であり、アメリカスポーツ化したいと巨額の資金にものを言わせ、ホームタウン、ホームグロウン選手によるホームサポーターによるクラブから、アメリカスポーツの根幹であるフランチャイズ制をとりたいという魂胆が見えてくる。上記9クラブのうちイングリッシュはわずかスパーズの会長(ユダヤ人)とウエストハムの会長だけであり、アメリカ(アーセナル)、ロシア(チェルシー)、中東(マンチェスターシテイ)、中国などの多国籍の富豪がクラブを仕切っており歴史的に地元サポーターによって成り立っていたイングランドのフットボール経営も転機を迎えている。

 ドイツの51%システム(サポーター組織が51%の投票権を持つ経営形態)を英国でも取り入れていればという意見もあるが後の祭りである。

 巨額な資金がものを言うのか、このコロナの中で失業者が増加している中わずか20歳の少年選手に100万ポンド(140億円)の移籍金を積んで移籍させたいクラブとそれを拒否するクラブがやり合っているのはまさに地獄絵ではないだろうか(マンチェスターユナイテッドがボルシアドルトムンドのサンチョ獲得に用意した移籍金額)。プレミアはそこまで行ってしまったのかと、本来のスポーツが持つ『Integrity(高潔さ)』はどこへ行ってしまったのであろうか。

 議論のまっただ中であるが早晩具体化することは確かでありその行方を見守りたい。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08  :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
伊藤 庸夫