サッカーアラカルチョ

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ヨーロッパフットボール回廊『国内公式試合を海外で』

20・01・16
新年明けましておめでとうございます。

 2020年新年はアメリカとイランの紛争勃発か、それに伴う株式市場の混乱、そして台湾の香港化が起こるのか問われた総統選挙、1月31日英国のEU離脱後に予想されるヨーロッパの経済不安定化、更に豪州の森林火災の拡大など気候温暖化が促進するのではと先行き不安を抱えた幕開けとなりました。

 スポーツも東京オリンピック、パラリンピックが開催されます。次のパリ、ロスは決まっていますが、その後は引き受ける都市がなくなるとみる向きもあり、この東京大会が最後の世界総合スポーツ(運動会?)大会になるのかもしれません。今やあらゆるスポーツの種目別の世界大会(World Cup)が圧倒的な人気と資金が集まる大会として、とって代わってきているからです。昨年のラグビーWCを見れば想像がつくでしょう。FIFA WC(フットボール)、世界陸上、WCバレー、5大会メジャーテニス、WC卓球などなど目白押しです。

 ヨーロッパのフットボールもこのような兆候を反映して、様々な運営の改革がされてきています。

 その中で新年早々、画期的な大会が砂漠の国サウジアラビアで開かれました。スペインスーパーカップ「Spanish Super Cup」です。スペインのリーグ(La Liga)覇者及びスパニッシュカップ覇者、そしてそれぞれの準優勝チーム、計4チームによる大会が1月8日、9日及び11日(決勝)、サウジアラビアのジェッダにあるキング・アブドラ・スポーツシティ・スタジアムで行われました。

 参加チームはリーグ優勝者バロセロナと2位アトレチコ・マドリッド、そしてスペインカップ(Copa del Ray)の覇者バレンシア及び準優勝者バロセロナの代わりにリーグ3位となったレアルマドリッドの4チームでのノックアウト戦です。

 結果はまず、1試合目レアルマドリッド対バレンシアは3−1でレアルマドリッドが勝利、2試合目バロセロナ対アトレチコマドリッドは、アトレチコが3−2とメッシのバルサを破り決勝戦に進みました。

 そして1月12日に行われた決勝戦。スコアレスで進んだ延長後半10分、アトレチコのストライカー、モラタが独走、それを追ったレアルのバルベルデが後方から意図的なタックルをし、一発退場となるも、ペナルティエリア外であったためPKとはならず、結局0−0のままPK戦に。最後はレアルが4−1でPK戦を制し優勝を飾ったのです。レアルの勝利は言ってみれば悪辣なずる賢いなファールで勝った試合であったと批判が出ましたが、両チームとも完全アウエーの大会であり、混乱もなく優勝は優勝として終わった大会でした。サポーターの数も限られており、かつサウジで暴れて逮捕されれば極刑もあるやもしれず何事もなく終わりました。

 しかしこの大会がなぜスペインで行われず、サウジでなのかという疑問は多くのフットボールファンから提起されました。本来ならリーグが始まる8月にスペインで行われる大会がこの1月まで延期され、場所がサウジになった理由は2つあります。

 一つは元来、サウジでのフットボール試合には女性観客入場禁止でした。その規則が今年から改正され女性ファンもフットボール観戦が認められたのです。そのため、サウジアラビアフットボール連盟としては世界にサウジの従来の女性観客禁止のフットボールからの脱却を訴えると共に、女性のスポーツ促進し次代のスポーツ大会へ積極的に女性を参加させることを示すため為、世界に冠たるスペインのバルサとレアルの2大強豪チームを呼ぶことにしたのです。新たなサウジアラビアを印象付けることによってスポーツ界へ乗り出すためでもあったのです。

 第2にはもちろんオイルマネーでのスポーツ進出を図るというものです。2022年には隣国カタールでW杯が行われます。その大会を指をくわえて見ていることはできません。そこでオイルマネーを潤沢に使えるフットボールの公式戦を招致しようとして実現した大会でした。

 この大会の賞金としてサウジはバロセロナ及びレアルには6百万ユーロ(7.3億円)アトレチコには3百万ユーロ(3.6億円)バレンシアには2百万ユーロ(2.5億円)を供与しました。更にこのスペインスーパーカップは今の所3年契約です。2022年まで続きます。

 サポーターがあってのヨーロッパのフットボールですが、この大会を契機にサポーター本位のホームアウエー方式がクラブの更なる収入を求めての経済的な理由からホームにとらわれず、開催場所を問わず公式戦を行う風潮が出てくる可能性も示唆している大会でありました。ちなみに入場者数12,000人に対しスペイン人サポーターへの配分はわずか9%というものでした。バルサのバルベルデ前監督の言葉「金次第の大会だ。毎年開幕前にあった伝統は破られた。スポーツとしてベストとは言えない」という象徴的なコメントを残したのも印象的でした。

 公式戦を外国でという話は他のスポーツではかなりあります。昨年はロンドンのオリンピックスタジアム(現在はウエストハムの本拠地)でアメリカのベースボールメジャーリーグの公式試合が行われました。2019年6月29日にニューヨークヤンキーズ対ボストンレッドソックス戦です。今年も2020年6月13日にセントルイスカージナルス対シカゴカブス戦が行われる予定です。

 ピッチはどうするのかというと、陸上兼フットボールのオリンピックスタジアムのピッチをベースボール用に改造して行います。工事は1週間程。ダイヤモンドもマウンドも整備します。5万人のスタジアムが満員となりました。英国ではクリケットがメインのスポーツで、ほとんどベースボールのルールもやり方も知りませんが、野次馬根性で見に行ったようです。もちろん試合後は元のフットボールピッチに戻しましたが。なおフットボールのメッカ、ウエンブレイスタジアムでもここ数年毎年アメリカンフットボールの公式戦が行われています。これまた大観衆を集めています。

 ヨーロッパフットボールメジャーのクラブは、公式戦を外国で実施する計画を持っているところは多くありますが、ホームアンドアウエー方式を放棄してまで外国で公式戦をというと、サポーター第一主義であり、現在のところまだ実施には至っておりません。シーズン前の遠征試合しか外国での試合はなく、公式戦ではありません。

 良し悪しは別として、今回のスペインスーパーカップはその伝統に風穴を開ける大会になるのかもしれませんが、今後どうなるか見守る必要があるようです。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
伊藤 庸夫