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ヨーロッパフットボール回廊『VARシステムの適用』

19・07・15
 今年の6月、7月は数多くのスポーツ世界大会(以下W杯)が行われている。7月12日現在、この日行われているW杯の種目は次の通り。その中でいわゆるVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリーシステム)は使われているのか見てみたい。

■クリケットW杯
 現在、イングランドで開催されている「2019クリケットW杯」は地元イングランドが準決勝まで進み、オーストラリアと対戦。226対223で勝利し、1992年以来の決勝に進んだ。相手は最強と言われるインドに勝ったニュージーランドと対戦する。

 「クリケットってどんなスポーツ?」というのが日本人のスポーツ感覚かもしれないが、ここ英国では『クリケットこそ真のスポーツ』であるという認識は高い。

 朝から日没まで長時間行うスポーツであり、国際試合ともなれば5日間続く。シーズン制も厳格に守られており、昼の時間が長い夏場の4月から9月までがシーズンで、冬季には英国連邦国の南半球オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカへ遠征している。世界で一番ポピュラーなスポーツのフットボールと人気を二分しているスポーツでもある。

 アメリカの4大スポーツ、アメリカンフットボール、バスケットボール、ベースボール、アイスホッケーと並ぶ英国の3大スポーツはフットボール、ラグビー、そしてクリケットである。

 それだけにこのクリケットのW杯での優勝を賭けたニュージーランドとの決勝はイングランドにとっては期待の一戦である。ちなみに英国では1番にクリケット、2番にラグビー、そして3番にフットボールというランク付けがある。

 英国人のインテリ、大卒者、ビジネスマンのトップにとってはこのクリケットというスポーツを知っているか、プレーしたことがあるかが社会的位置を決定付けるともいわれている。

 一例として筆者がロンドンに赴任し、英国企業の幹部と商談した時の実際の会話で雰囲気が伝わるかもしれない。当時筆者が「若い頃フットボールの選手であった」と言ったところ、相手の答えは「フットボールは小学校でやったことがあるが、メインのスポーツはラグビーとクリケットさ。大学卒でフットボールをやる奴はいないよ」と暗に筆者はWorkerであり、責任あるマネジャーではないと見なされた苦い経験がある。

 このことからも、クリケットとラグビーがインテリのスポーツで、フットボールはWorkerのスポーツという区分があることも見て取れる。ちなみに現在、プレミアリーグの選手で大学卒は2人。ニューキャッスルにいる武藤(日本人)とマンチェスターユナイテッドにいるマタ(スペイン人)しかいない。

 以来ビジネスの場では、相手にまず「あなたはフットボールが好きか、どこのクラブのサポーターか」と聞き、フットボールに興味があれば話すことにしてきた。さらには「クリケットはもちろん、スヌーカー(ビリヤードのようなスポーツ)を知らず、英国でビジネスは出来ない」とも言われたこともあった。

 さて、そのクリケットにVARシステムはあるのか? というと答えはYes。テレビによるVARシステムが導入されたのは、2001年5月のイングランド対パキスタンのテストマッチからである。

 クリケットでは、ウィケットと呼ばれる直立した3本の棒に、ボーラー(野球で言うならピッチャー)が投げたボールが、そのウィケットに当たればバッターはアウト(野球の三振にあたる)となる。そのボールが当たっているのかどうか(得てしてバッターが被さりアンパイアーから見えない場合)を判定するのに使われている。ただ、時間制限のないスポーツだけに、VARシステムを使ってチェックしている時間が欲しいという要望はない。

■テニス・グランドスラム:ウインブルドン
 執筆中の現在、ウインブルドンテニスの真っ只中である。男女とも準決勝に進んでおり、日本の大坂なおみは1回戦敗退、錦織圭も準々決勝で敗退、ベスト4に残っているのは、ベテランでオーバー30歳のジョコビッチ、フェデラー、ナダルの3強。女子もセリーナ・ウィリアムズ37歳のベテランであり、若手の台頭がここ数年止まっているのが実情である。

 このウインブルドンテニス(正式名『The Championships,Wimbledon』)は1877年以来、142年を超える歴史ある大会である。

 ドレスコードは一貫して、伝統的なスタイル白一色しか認められていない(昨今はスポンサーのみ、小さく色で示すことを認めているが)。近年はオーストラリア、フランス、そしてアメリカと並び、テニスのグランドスラムと呼ばれる、言わばW杯に匹敵する大会である。

 優勝賞金2,35百万ポンド(3億17百万円)。天然芝のコートは1年間、この大会でしか使わせないぜいたくなスポーツである。テニスでTV観戦していると分かると思うが「Hawk−Eyeシステム」というVARシステムが導入されている。

 この「Hawk−Eyeシステム」は2006年のUSA Openから採用。現在はテニスの大きな大会で、プレーヤーがジャッジに対しチャレンジするシステムであり、判定を明確化している。この判定で問題を起こした例はまだない。テニスは『紳士淑女のスポーツ』であるからかもしれない。

■フランス女子W杯とVAR
 そして今年の女子W杯。イングランドは準決勝まで進み、オランダと対戦して敗退。優勝杯を手にすることはなかった。結局、『世界一強い』としか言いようのないアメリカがオランダを下し、3回目の優勝を果たした。

 この大会で問題点となったのは、果たして女性審判だけで国と国の意地を賭けた激しい試合を取り仕切れるのかという、女性審判の体力・走力・判断力を含めた『質』の問題が提起されたことであろう。

 ラウンド16では、イングランド対カメルーン戦での審判(レフリーは中国)を巡って、厳しい国際試合に慣れていない地域(この場合はアジア)からの審判が、適切な判定が出来るのか疑問視されたことである。

 カメルーン選手が退場となったプレーに対し、審判に詰め寄ったりVARシステムでの判定に文句を言ったり、長時間プレーが止まったことも取り上げられている。大会終了後FIFAは、今後の大会に男子の国際審判も審判団に加えることを検討することにした。

 そして、日本の熊谷選手の対オランダ戦でのハンドが果たしてPKなのか、自然体でのハンドが反則なのかも論議を呼んだVARシステムの採用であった。

■今後の世界大会と各国リーグとVAR
 (1)ラグビーW杯:今年9月日本開催
 今年9月に日本で『ラグビーW杯』が開催される。『ラグビーはインテリが行う野蛮なスポーツ』というのが英国人の一般的な見解である。レフリーは絶対であり、何かあれば両軍のキャプテンを呼び注意を喚起する。そして試合中よくアドバンテージなのか、プレーオンなのか明確に注意している。

 疑わしき判定に関しては、TMO(Television Match Official)を採用、スクリーンに表示し、判定を明確化している。このシステムはまず、13人制のラグビーリーグが1996年から始め、そして2001年からラグビーユニオン(15人制)も始めた。

 激しい肉弾戦の競技であるが、主として有名私立高校、大学卒のインテリがプレーしていたこともあり、判定には文句を言わず従う伝統があるので大きな問題は起こっていない。審判も始終声を出し、適切な指示を両軍に与えており、激しい肉弾戦にもかかわらず問題となってはいない。

 (2)プレミアリーグフットボールのVARシステム:今年8月開幕
 フットボールのVARシステムは、W杯ロシア大会から正式に採用された。ピッチ上では主審、副審(2人)、第4審判の計4人が従来通り審判を行い、判定が難しい場面での的確な判断をするために、スタジアム内外にVARシステムルームを設け、数人のビデオレフリーを配置。多角的な画面からビデオでの判定を行い、その結果をピッチサイドの第4審判席の傍らのビデオテレビに流し、最終的に主審がそのビデオを見て、最終判定を下すシステム。

 このVARシステムの運用は、ヨーロッパ各国リーグで実験的に行われていたが、プレミアリーグは今年8月10日の開幕戦より実施することになった。

 昨シーズンまではゴールラインテクノロジーを採用し、ゴールを割ったかどうかをビデオで判定していた。このゴールラインテクノロジーの導入は、2012年のFIFAトヨタカップから「Hawk−Eyeシステム」として採用されるようになった。そして2018年ロシアW杯からはVARシステムが採用されている。

 プレミアでの実施を前に、イングランドプロ審判協会の元国際審判のミック・リレイ会長は、VARの活用について
 1.ゴールが入ったか入っていなかったか
 2.オフサイドであったか否か
 3.退場の判定に関わるファールがあったのかどうか。

 「ファールについては、その選手が特定出来るかの点を重点的に見ての判定基準。例えば、女子W杯でのJapanの熊谷選手のハンドが意図的か偶発的かにかかわらず、ハンドはハンドとすることはしない。ペナルティーエリア内でハンドを避ける為、手を後ろに回すようなプレーはフットボールではない。手は自然体であればノーファウルである」と何が何でもVARシステムにかけることはしないと表明している。

 いずれにせよ世界のスポーツがプロ化し、プロ選手の俸給がプレミアリーグ平均で3.7億円、トップのサンチェス選手の23億円のように高級取りとなっても、ルールはルール。フェアプレーを重んじ、かつ審判へのリスペクトなくして、スポーツは成り立たないことを肝に銘じなければならない。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
伊藤 庸夫