サッカーアラカルチョ

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ヨーロッパサッカー回廊『ヨーロッパ・スーパーリーグ構想の挫折』

18・11・19
 世界のフットボールの本質はどこにあるのか?

 まずは日本での2大スポーツである野球と比較してみよう。野球は制度的にはフランチャイズ制を取っており、その都市のチームが固定している。例えば、北海道日本ハムファイターズは、札幌を本拠地としてパシフィックリーグで覇権を求め戦っている。

 例え優勝したとしても、真の王者を決めるのはセントラルリーグの覇者とのプレーオフで決まる。昨今では世界一を決める『ワールド・ベースボール・クラシック』も国対抗として設立されてはいるが、まだ世界での野球実施国が主としてアメリカ、中南米、東アジアに偏り、世界のトップスポーツとはなっていないのが実情である。

 例えばアメリカのニューヨーク・ヤンキースはニューヨークに本拠を置くチームであり、15チームからなる『アメリカンリーグ』で戦っている。年間150試合近く戦う。もうひとつの『ナショナルリーグ』を合わせた『メジャーリーグ』は全米で30のチームしかないのである。また、マイナーリーグには多くチームが独立資本で参加しているが、フットボールでいうトップリーグ(1部)と、2部、3部といった入れ替えのあるリーグの関係性ではない。

 日本もセントラル6チーム、パシフィック6チーム、計12チームのフランチャイズ制で運営されている。世界の210か国がFIFA(国際サッカー連盟)に登録しているフットボールとはその普及度、運営組織、経営規模で大きな差がある。

 そのフットボールのヒエラルキーは、非常に単純かつ序列的である。野球とは違い、ピラミッド式の昇降格制度を取り、試合はホームアンドアウエーが基本である。

 トップにFIFA、その下部に各大陸FA、そしてFIFA構成国のそれぞれのFAが序列化している。国別対抗ではW杯をトップに、UEFAユーロ、南米選手権、北中米選手権、アジア選手権、アフリカネーションズカップ、オセアニア選手権が大陸ごとにあり、それぞれの国にメジャーなリーグが多層化し存在する。

 イングランドの場合ではプレミアリーグ、チャンピオンシップ、プロ1部、プロ2部の4リーグがプロリーグとして存在。その下にノンリーグのトップリーグ、地域リーグ、その下の都市リーグとピラミッドとなっている。

 上から9部の都市リーグのクラブが、10年かけてプレミアリーグに上がれる可能性のある非常にシンプルであり、プロであれ、アマであれ「強いクラブが強く、弱いクラブは弱い」という単純な仕組みとなっている。そしてすべてのクラブがホームを持つ地域クラブで成り立っているのだ。更に、プロアマ問わず参加できる、FAカップ、プロ4リーグクラブによるリーグカップと、その下のいわゆるセミプロ・アマリーグのカップ戦が実施されている。これまた序列化されているのである。地元の熱狂的なサポータ−に支えられたクラブとして存在しているのだ。

 加えてプレミアリーグの上位4チームは、UEFA主催の各国のトップクラブによるチャンピオンズリーグに参加できる。そしてその下3クラブがヨーロッパリーグに参加できる仕組みとなっている。すべてのヨーロッパ国はFIFAの管轄下におかれ、ヨーロッパクラブはUEFAの管轄下に置かれているのだ。

 近年、スカイTVを代表とするテレビ放映権料の高騰により、例えばイングランドのマンチェスターユナイテッド(MU)を例にとってみても2017/2018年度は、1.5億ポンド(217億円)の放映権料を稼いでいる。従ってUEFAチャンピオンズリーグに出場できるかどうかが、クラブの経営にとっても収益面でも最重要な課題となっているのだ。

 例えば名門MUもプレミアリーグの中の激烈な競争の中、毎年チャンピオンズリーグに出場できるとは限らなくなってきている(2016−17シーズンは6位となり下部のヨーロッパリーグに参加)。

 そのような状況の中、ヨーロッパチャンピオンズリーグの参加クラブを固定化し、経営のパイを増やし資金を拡大化するという目的を含ませた構想「ヨーロッパ・スーパーリーグ」が2016年ごろから水面下で模索されてきていた。

 プレミアリーグのマンチェスターユナイテッド、マンチェスターシティ、アーセナル、リバプール、チェルシーの5クラブがヨーロッパのトップクラブに呼びかけて、UEFAチャンピオンズリーグに代わる、言わばアメリカ方式ともいえるフランチャイズ制を取り、固定化したクラブによる「Private Run Tournament(PRT」)を2021年より始めようとする構想である。

 イングランド5クラブに加えて、スペインからレアル・マドリッド、バルセロナ、ドイツのバイエルン・ミュンヘン、フランスのパリ・サンジェルマン(PSG)、そしてイタリアからユベントスとACミランの11クラブによる、固定化したフランチャイズ制での運営を行うとするもの。

 ヨーロッパの「おらが村」のクラブが、あわよくば将来プレミアのトップ4になり、UEFAチャンピオンズリーグに参加できる夢を打ち砕く構想でもある。

 これらヨーロッパトップクラブはドイツを除き、おおむね株式市場に上場されており、クラブのオーナーは外国資本が多くなっている。その逃れから旧来以前のサポーターに支えられたクラブから、株式市場に支えられたクラブへ変質しており、営業収益を増加し、資本を独占化したいと思う方向に向かっていることにもよる。

 イングランドのMU、アーセナル、リバプールはアメリカ資本に牛耳られており、チェルシーもかのロシアの富豪アブラモヴィッチなくして成り立たたない。Mシテイはアブダビのオイルマネーにその経営を委ねている。フランスPSGもカタール資本である。

 彼ら外国資本の経営者から「なぜビジネスとして、フットボールをフランチャイズ化しトップクラブで独占し運営してはいけないのか」というアメリカ的経営メンタリティから上記のような構想が持ち上がってきたのである。

 この動きに敏感に反応したのはFIFAであった。世界のフットボールを司るすべての権限を持つのはFIFAであるとし、現FIFA会長のインファンティーニは元UEFA会長でもあったこともあり、「もし彼らがフットボールの規範を破るのであれば、その存在は認めない。片方の足をFIFAに置き、もう片方の足を外に踏み出すようなことは絶対にあり得ないし、FIFAを頂点したピラミッドを崩す動きは潰さねばならない」と強烈に11クラブによるPRT構想を否定した。「フットボールは資本家のものではない。大衆のものである」とFIFAはフットボールを位置付けたのだ。

 果たして、近い将来PRT構想がよみがえるのか、はたまた永久についえるのか?

 毎試合、世界トップ選手によるトップクラブでの試合が観戦できるのは、フットボールファンとしてはこの上ない喜びかもしれないが、「ホームタウン」という概念的なクラブのアイデンティティが消えてしまう恐れもあり、近代フットボール創設のイングランド、そしてヨーロッパでアメリカ式フランチャイズ制が根付くとは思えないのである。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
伊藤 庸夫