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ヨーロッパサッカー回廊『プレミアリーグ開幕』

18・08・11
 2018ロシアワールドカップの準決勝に1996年ユーロ以来の進出を果たしたイングランドの新シーズンが8月10日に開幕。W杯から1か月も経ってなく、W杯に出場した選手の多くは、最低3週間の休暇を取らなければならない中での開幕である。それだけに、トップ6のクラブは代表選手を欠いての練習を強いられ、監督も新シーズンへの挑戦は開幕してからと腹をくくるしかない状況である。

 そして今年からプレミアリーグの移籍制度が大幅に変更となり、従来のFIFA規定の移籍期間の期限が8月31日から、プレミアリーグ開幕前日8月10日の午後5時までとなったため、悲喜こもごもの移籍の話題が起こっている。

 まずは、昨年移籍金額総額が788百万ポンド(1,150億円)の最高額を記録したが、今年はプレミアへの大物の動きは比較的少なかった。これは7月15日までW杯が開催され、クラブ、選手、代理人も移籍どころではなかったことにもよる。

 昨シーズン3位とヨーロッパチャンピオンズリーグの切符を得たトッテナム・ホットスパーズは、現在6万人収容の新スタジアムを建設中で、資金を必要としていることもあり、結局一人も補強しなかった。レギュラーのうち10人もの選手がW杯に出場したクラブであり、ゴールデンブーツ賞を得たハリー・ケインを中心に若手が多いことからも、監督ポチェッティーノはあえて補強をしなかったのだろう。自チームの若手を鍛えてレギュラーにするマネジメントは、往年のマンチェスターユナイテッドを思い起こす。

 一方、そのマンチェスターユナイテッドはセンターバックの補強が急務として、W杯で輝いたレスターのマグワイアに60百万ポンド(90億円)の高値をつけ獲得を図ったが、レスターは移籍を承諾せず、流れてしまった。

 過去、アレックス・ファーガソン時代は現在のスパーズと同じく、若手ユース選手を鍛えて、ホームタウンクラブの支柱とし栄誉を獲得してきた伝統があった。しかし現在のモウリーニョ監督になってから、実績のあるトップ選手を世界から買い集めてチーム編成を行う方針に転換したため、今年のように移籍期間が短い場合は新たな補強ができなくなってしまったのだ。今年のプレミアリーグ覇者への道は遠くなっただろう。

 更にW杯優勝の立役者フランス代表ポグバは昨シーズン、モウリーニョ監督と衝突。レアルマドリッドへの移籍を希望していたが、移籍金額で折り合わず、来年1月の移籍期間まで塩付けとなった。しかし、監督とトップ選手の確執は根が深く、これからどうなるか注目を集めている。今シーズン、一番早く更迭される監督の予想賭け率ではモウリーニョがトップとなっており、もちろん結果次第であるが、年末までには更迭されるのではと噂されている。

 その中で、W杯で大活躍したチェルシーのベルギー代表GKクルトワは35百万ポンド(50億円)で希望通りレアルマドリッドへの移籍が、移籍期限1日前に決定された。代わりにチェルシーはアトレティテコ・ビルバオのスペイン代表GKケパ・アリザバラガを何とGK史上最高移籍額71百万ポンド(103億円)で補強。

 チェルシーのオーナー、アブラモビッチが、ロシアスパイによる殺人事件以来、英国がロシア要人にはビザを発給しない外交措置を執ったため英国入国できず、イスラエルの市民権を取得(彼はロシア系ユダヤ人)。短期訪問で英国に滞在し、この移籍を決めた。ベルギー代表のアザールもレアルへの移籍が取りざたされたが、結局時間切れで残留。去就は1月の移籍期間に持ち越された。

 チェルシーはコンテ監督が更迭され、新たにイタリアからサリ監督を招聘。彼の4−3−3システムに固執するフォーメーションが選手にマッチングするのか疑問視されているため、選手側からの移籍申し出が続くのではないかと言われている。開幕に先立ち行われたコミュニティシールド戦でもチュルシーはマンチェスターシティに圧倒され、シティのアルゼンチンストライカー、アグエロの2得点で完敗。今年のチェルシーには暗雲が立ちこめている。

 ベンゲル監督引退後のアーセナルは、クラブのオーナーシップを巡ってもめごとを起こしている。30%のクラブの株を保有していたロシア人富豪のウスマノフから、アメリカ人の富豪クロエンケ(現在67.05%保有)が550百万ポンド(800億円)で全株を買い取ることが合意され、集団的な経営母体からワンマン経営へ移行することになった。

 正式には株主総会で決定されるが、そこでこの買収に関してかみついたのは一株株主のサポーター(3%保有)である。わずかなパーセンテージであるが、クロエンケはサポーターの株も買い取ると表明している。それに対してサポータークラブは、アーセナルはサポーターなくして存在しないとして売却しないと息巻いている。今後の株主総会でその行方がどうなるかも注目である。

 クロエンケ会長としては、アーセナルを世界一のクラブにするための、アメリカナイズされたマーチャンダイズ強化への変換を求めており、一私的な企業、それもアメリカ系がアーセナルを完全買収することがよいのか今後見守る必要があろう。サポータークラブが問題視しているのは、アーセナルのシーズンチケット代が1試合90ポンドとプレミアで一番高いということも忘れてはならない。

 ちなみに、20プレミアクラブのオーナーはマルチ国家の投資家によって占められている。うち、英国系はブライトン、バーンリー、ハダースフィールド、ニューカッスル、トッテナム、ウエストハムの6クラブしかない。

 アメリカ系はアーセナル、クリスタルパレス、フラム、リバプール、マンチェスターユナイテッドの5クラブ。アジア系ではカーディフ(マレーシア)、エバートン(イラン)、レスター(タイ)、ウルヴァーハンプトン(中国)、サウサンプトン(中国)の5クラブ。中東からはマンチェスターシティ(1)、ロシアからはチェルシーとボーンマスの2クラブ。ワットフォードが唯一EU(イタリア)のオーナーによるクラブとなっており、プレミアは世界の資金が集まっているのが実情である。もはやイングランドだけのクラブではなくなってきているのだ。

 もうかるところに資金が流れるのは致し方ないと思うが、マルチ企業によるフットボールクラブ所有がフットボールの繁栄に寄与するのか、そしてオーナー富豪対サポーターの戦いはどうなるのか―今後も注目する必要がありそうである。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
伊藤 庸夫