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ヨーロッパサッカー回廊『ロシアW杯始まる』

18・06・15
 ついにロシアW杯が6月14日に開幕した。世界の32か国が集い、激しい戦いが7月15日まで1か月間展開する。そしてまたドラマが生まれ、ヒーローが生まれる。予想を覆す結果も生まれる。そして戦い終われば次の大会カタールの準備が始まる。

 そのドラマの幕開けに思いもよらぬ出来事が起こった。

 今回のW杯の優勝候補の一角、2010年南アフリカ大会優勝国スペインの監督ロペテギが、6月12日に来季からレアルマドリッドの監督に就任すると突然発表。これにスペイン協会の会長ルイ・ルビアレスは怒り心頭、「協会が彼の契約を知ったのは記者発表の5分前だ。大事なW杯を前にして不謹慎極まりない行動だ」と非難し、即刻更迭を決めたのである。

 W杯のオープニングを2日後に控えていただけに、代表選手は一層の驚きを持ってその報に接した。キャプテンのセルジオ・ラモス(レアル)はチームを代表し協会へ続投を願い入れたが、会長は許さず「W杯の監督にはフェルナンド・イエロを任命した」と発表、スペイン中がてんやわんやの騒ぎになっている。

 ロペテギは2016年よりデル・ボスケ監督から引き継ぎ、代表戦20試合14勝6分の無敗記録が続いていただけにW杯の行方が混沌としてきたことは否めない。第1戦は隣国の宿敵、C.ロナウドを擁するポルトガルとのいわば宿命の戦いが待っている。新任のイエロは現在スペイン協会の技術委員長であり、監督経験はスペインリーグ中堅のオビエドしかない。

 英国の賭け率もロペテギ率いるスペインはブラジル(1/4.5)、ドイツ(1/5)に次いで(1/5.5)であったが意外に落ちず、6月14日現在、同じ賭け率のままとなっている。イギリス人はフットボールは監督がやるのではなく、選手がやるのだからという気質があり、その点を考慮した賭け屋の思惑であろうか。まだ日本の監督がハリルホジッチ更迭から西野が監督就任した交代劇の方が真っ当であったという感がしないでもない。とはいえJapanの賭け率は1/300であるが。

 代表監督をフランス語では「Selectionneur」と言う。英語では「Manager」または「Head Coach」ということが多い。要は代表選手にふさわしい選手を選ぶ人が監督であり、勝負を賭けて戦い、勝利を納めるのは選手である、というのがフットボールの由縁であろう。

 英国で制度化された近代フットボールの歴史をみると、試合をつかさどっていたのは選手の中で選ばれた「Captain」であった。すべての判定、そして選手の選定も含めて「Captain」の良識に任されていたのである。当時は現在のような監督はいなかった。「Captain」だけがチームの責任者であったのだ。従い英国では「Captain」の権限は強く、技術だけでなく品格もあり、決定力、指導力ある者が「Captain」に選ばれる仕組みとなっている。誰が「Captain」になるかがW杯のような国際大会では重要なこととなっているのだ。しかし現代のフットボールでは、どうしても指揮を執る監督の力量によって勝敗が左右されることも明白である。

 その監督については、このロシアW杯では既にスペイン、日本だけではなくセルビア、クロアチア、サウジ、オーストラリアの監督が昨年の予選終了後に更迭されている。果たして更迭監督を擁する上記の国の成績がこの大会ではどうなるのであろうか。勝つ負けるの勝敗を担うのは監督なのか選手なのか、この大会で見る事も興味の湧くことであろう。

 これから1か月悲喜こもごもの試合が続く―。

 そして一足飛びに2026年のW杯の開催地が決定された。候補地として手を挙げていたのは、過去1994年のアメリカ大会から何度か手を挙げているモロッコと、北中米カナダ、アメリカ、メキシコ3国共同開催候補であった。

 この大会からFIFAは、評価方式を従来の投票に委ねていたのを評価事項に対してそれぞれ配点により決める方式に変更した。過去、日韓共同開催、その後のカタールの汚職にまつわるフットボール政治力と汚職問題から投票形式をやめて公平を期した方式を取ったのである。

 この結果、3国連合は500点満点中402点を挙げ、モロッコの275点を退け史上初の3国共同開催が決定された。評価基準はMedia+Marketing・輸送関連・チケット+ホスピタリティ・スタジアムの整備などが評価され、更に運営コスト・政府のサポート・人権問題も評価対象として各項目に点数が科せられた総合評価の結果であった。

 3国共同開催国のうち、カナダは3か所(エドモントン、モントリオール、トロント)、メキシコ3か所(グアダラハラ、メキシコシティ、モンテレー)、そしてメインのアメリカが17か所(アトランタ、ボルチモア、ボストン、シンシナテイ、ダラス、デンバー、ヒューストン、カンザスシティ、ロサンゼルス、マイアミ、ナッシュビル、ニューヨーク、オーランド、フィラデルフィア、サンフランシスコ、シアトル、ワシントンDC)が開催地となることが決定された。

 アメリカは2度目、メキシコは3度目、カナダは初めてのW杯となる。そして出場国は現在の32か国から、48か国に大幅に増加する。大会の総収入も史上最高の$14.3Bn(1兆6千億円)と目されている。

 2022年のカタールの6月開催については気温が40度を超し開催不適の為11月開催とする方向で調整しているが、ヨーロッパのシーズンと重なるためまだ正式には決定されていない。

 この規模拡大48か国のW杯に関しては、ヨーロッパから大きな問題点が指摘されている。例えばアジアから8か国が参加できることになるが、今年のロシア大会でアジアからの参加国のFIFAランキングはオーストラリアが36位、イランが37位、韓国が57位、日本は61位、サウジは67位と他大陸出場国に比して圧倒的に低い。

 つまり弱い国が出場できる仕組みとなっている。参加することに意義を見い出すのか、本来の強国によるエキサイティングなレベルの高い大会とするのか、今一度見直す必要があるとヨーロッパUEFAは提議しているがまだ少数意見の域を出ていない。

 世界一ポピュラーなスポーツとしてのフットボールだけに、人も金も集まるとみてのFIFA戦略なのかもしれない。

 開幕にあたり、筆者としてはソ連時代から38回の出張、延べ1年半過ごしたロシアでのW杯が、何事もなくスポーツの祭典として成功することを願いたいものだ。とにかくソ連時代から『フットボールはフーリガン』というのが当たり前であった国であったから―。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
伊藤 庸夫