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ヨーロッパサッカー回廊『VARの行方』

18・03・18
 ここ数回VAR(Video Assistant Referee)の採用について稿を起こしているが、世界のフットボール界は採用の可否に揺れている。

 元々このVARが注目されたのは、既にラグビーで採用され成功を収めていたため、フットボールにも採用せよとの要請が各方面からあったからに他ならない。

 特にゴールしたのか? しなかったのか? ゴールライン上の判定やペナルティキックの判定は正しかったのか? レッドカードを出した判定は? そのレッドカードの判定をした選手が違う選手でなかったのか? などの重要な部分を確かめる手段として、Videoを使い試合を止め、主審が最終判定をする仕組みがVARである。

 勝敗を左右する、瞬間的なプレーでの審判による誤審が試合後、あるいはライブでのテレビ放映で明らかになり、勝者が敗者になる弊害をなくそうとするシステムでもある。

 2016年のIFAB(国際フットボール評議会=ルールを決める機関)での年次総会で議論され、現在では各国のリーグで試験的にVARを使い正確な判定を決定している。

 その実験は既にFIFA主催のコンフェデレーションズカップ、クラブワールドカップでは義務付けられており、欧州の国内リーグでも、例えばイングランドのFAカップでは準々決勝からVARを利用している。今年はロシア・ワールドカップの年であり、FIFAはこのVARシステム採用を決めている。

 しかし、各国のリーグでの実験では多々問題点が指摘されている。

 2月28日に行われたイングランドFAカップ5回戦は、ホームウエンブレースタジアムで、トッテナムホットスパーズがリーグ1(3部)のロッチデール(リーグ1で22位降格候補)と再試合を行った。この日はロンドンも大雪で、ピッチのラインは雪と間違えないようブルーのラインを引き対戦した。ロッチデールサポーターは、初戦のホームを2−2で引き分けており、ジャイアントキラーを期待して雪をものともせず熱い応援をしていた。

 しかし、この試合で使われたVARシステムは「コミカルで当惑するものである」と評されている。主審は大雪の寒さ厳しい中での前半だけで、7回もVARシステムの助けを求め中断した。都合5分ものAdditional Timeが科せられた。

 その間、観客・選手はすることがなく、VARの結論を待たざるを得ず、フットボールの醍醐味である間断なき流れが阻害されてしまった。スパーズの監督ポチェッティーノは「前半はVARのお蔭でゲームをスポイル(台無し)された。フットボールは感情のスポーツである。感情を殺したフットボールが楽しいわけがない。イングランドのレフリーはヨーロッパ1である。レフリーの判定が最終結論である。VARの採用を見直すことも必要であろう」とコメントしている。

 これに対し、IFABの技術委員長であるエラリー氏は「すでに40か国でVARが使用されており、判定の公正さ、正確さは実証されている。もちろん時間が掛かることは確かであるが」とし、「これまで多くの誤審が見過ごされてきたことを改善したVARを取るのか、流動性に重きを置き、公正さをスポイルする、誤審を増長する旧来の判定で行くのか、どちらを取るかが問われているのだ。VARをうまく使い、公正な判定をし、試合の中断時間を少なくする方向に行くことが肝要だろう」とVARシステムの推進を説いている。

 また、「実際に実験しているリーグ、カップの試合1,000試合を総括すると、VARシステムの使用時間ロスは1試合平均90秒である。1試合のスローインのためにロスする時間の平均は7分もある。VARがそれほど試合をスポイルしているとは思われない」と抗弁している。 

 しかし、イングランドプレミアリーグはVARシステムの採用は今シーズンのみならず来シーズンも見送ることになっている。まだまだレフリーのVARシステムの適切な運用と選手、観客のコンセンサスが取れていないという理由からである。The FA主催のFAカップは準々決勝から既に採用しており、リーグカップは来シーズンも採用し精度を高めるとしている。

 ドイツはどうかというと、ブンデスリーガではすでに216試合でVARシステムを採用、そのうち主審の判定が覆った事例は46回あった。しかしそのうち、11回のVARは間違っていたのである。これを踏まえドイツはVARシステムの運用の改善策を図り、今後とも推進していくことにしている。

 イタリアのセリエAでは試合日を「主審とVARのブラックサンデー」と呼び、その混乱ぶりを評しているが、英国のスタジアムと違いセリエAのスタジアムにはジャイアントスクリーンが設置されており、スクリーンにVARシステムを写映している。観客にも判定が明らかになったと至って好評であり来シーズンもVARシステムを継続利用することとしている。

 一方、UEFAのチャンピオンズリーグについては従来からゴールラインに副審をおいており、あえてVARシステムを採用する必要ないとし、来シーズンもVARシステムを採用しない。

 まだまだ全ての大会、リーグ戦でのVAR採用には時間が掛かるようだ―。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
伊藤 庸夫