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ヨーロッパサッカー回廊『フットボールはアートか?』

18・02・17
 マンチェスターシティはプレミアリーグ優勝確実、2位の宿敵マンチェスターユナイテッドにあと11試合を残し16勝点の差をキープしている。

 監督ペップ・グアルディオラはシティのトップ選手が相手のチームの選手からターゲットとなり、けがが多いことにかけて「フットボールは『Art(アート=芸術)』である。選手は『Artist(芸術家)』である。故意のタックルを仕掛けて選手をけがさせることはスポーツマンシップに欠ける。まずは審判が率先して選手の保護の為の笛を吹くべきであり、選手も相手選手をRespectしたプレーをすべき」と苦言を呈した。

 果たしてフットボーラーが『Artist』であるのか? 過去に多くの識者が「フットボールは格闘技である。御嬢様のカードゲームではない」と明言している。

 どちらが的を得た答えかは人それぞれ意見があろうが、前者は攻撃を主体とした得点を生むフォーメーション、相手の意表を突くキラーパス、そして強烈なシュート、あるいは人を食ったループシュート、そして各個人の華麗なスキルを披露して観客を楽しませ、勝利するということであろうか。

 後者は何を言っているのだ!ボール1つをゴールに入れるスポーツであり、最小限の格闘はルールで許されているスポーツ(ショルダーチャージ、タックルなど)。守備をするのに体を張ったプレーを無くして何がエンターテイメントなスポーツであろうか?

 温暖な気候に恵まれたラテン系(主としてイタリア、スペイン)のフットボールはいかに優雅にトリッキーに相手をかわし、ドリブルしセクシーに得点を決めて勝つスポーツがフットボールと信じて疑わないのであろう。

 一方アングロサクソン系は、近代フットボールの創始者である英国人特有の体をぶつけて戦うのがスポーツであると信じている。ラグビーしかりであろう。元々、村対抗の集団ゲームから発生した近代フットボールの歴史は、そのオリジナルである相手を倒してゴールするという意思が優先する。もちろん、その要素の中には寒い雪、雨の天候もものともせず、泥まみれになって戦うゲームであるから、当然肉弾戦になるのだという人もいるだろう。少々のけがは当たり前、けがした奴が弱いからだと認識しているのだ。
 
 言わば両極端の民族性のフットボール感を持ち合わせているのが現在のフットボールであり、英国のプレミアリーグはその典型的な後者の国のフットボールなのである。

 その中、テレビ放映権料の高騰と、伝統的に地元クラブを熱狂的に応援するサポーターの力により、財政的にもアメリカのアメリカンフットボール、バスケットと並ぶ巨大スポーツとなってきたこともあり、トップスターがけがで出場できないことは、経済的にも大きな損失と捉えているのであろう。

 グアルディオラ監督率いるマンチェスターシティ選手全体の報酬額は777百万ポンド/年(1,165億円)選手一人当たり平均は、プレミアリーグ1の高給取りチームである。

 選手一人当たりの平均はトップ24名、ローン(貸出選手)27名、U23選手、19名合計70名として16.7億円にも上る。もし彼らが移籍する場合の移籍金額は、トップ選手については一人当たり70−100億円にも上るだろう。これだけの人的資産を擁するクラブとしては、当然ながら選手がけがをすれば資産価値が下がることになり、けがによる欠場は容認できないのであろう。

 このペップの呼びかけに答えたのはUEFAである。今週よりUEFAチャンピオンズリーグの勝ち抜き戦が始まるに当たり、UEFAのコリーナ審判委員長が「選手が大けがをしないよう、審判は選手を保護しなければならない。けがをさせるようなファールプレーには厳しい判定をすること」と通達を出した。更にダイビング、判定不服として審判に詰め寄ることもイエロー、レッドとすることも付け加えた。当然の処置であろう。

 しかし、プレミアリーグでは敢えてそのような通達はしていない。英国人のメンタリティとしてはコリーナ氏の言うことは当たり前であり、プレミアのレフリーは従来からそのようにしていたという判断である。

 「50:50のぶつかり合いは、例え一人が倒れたとしてもファールではない。倒れた選手が弱いからである。弱い選手に対して有利な判定すること自体オカシイ。出血、脳振盪などがあれば適切に処理するが」というのが英国人の判断なのである。

 それより、GKのチャージについてルールを改正する必要があるのではないかと指摘する議論が湧きあがっている。GKがボールにチャレンジし、ボールに届かず相手の頭に当たり相手選手が昏倒しても現ルールではほとんどの場合GKのファールとはなっていない。

 過去GKに当たられて昏倒、骨折した例としては、2017年9月17日ドイツのヴォルフスブルグGKカスティールスが、相手シュトゥットガルトのキャプテン、ゲントナーの頭にひざ蹴りし鼻骨、顎骨骨折の上、脳振盪を起こさせた事がある。即担架で病院へ運ばれたが主審の判定は何もなかった。

 GKへのレッドカードに値するファールであったが、GKを保護する規則によりGKへの罰則はなかった。その種の事故は多々あるがGKへのファールを取った主審はほとんどいないのが実情である。

 そのような行為が許されるのかというのが最近問題提起されている。規則改正はFIFAの機関IAFBで成されるが、今年のロシアW杯までに改正できるかは不明である。グアルディオラ監督のいう『Art』ならそのような血を見るファールはあり得ないがどうなるか注目しよう。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
伊藤 庸夫