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ヨーロッパサッカー回廊『2017年夏の移籍Window幕引きの波紋』

17・09・14
 世界のフットボール選手の移籍期間『Transfer Window』については、FIFAのガイドラインに従って各国のリーグが規定している。

 イングランドは夏季が6月9日より8月31日まで、冬季は1月1日より1月31日である。ヨーロッパの主要国ドイツ、イタリア、フランス、スペインは夏季6月1日より8月31日、冬季が1月1日より2月2日となっている。ちなみに日本は、ヨーロッパの秋冬シーズンではなく春夏秋シーズンのため、冬季がメインで1月6日から3月31日まで、夏季が7月21日より8月18日までとヨーロッパとは異なる。

 このWindow期間に限って選手の移籍が可能となった理由は、シーズン途中に資金のあるクラブが、相手トップ選手をシーズン中であれオフシーズンであれ、引き抜いて強化することにより、チーム力を高める弊害を排除するため、FIFAの指導で各国がWindowを設置したもの。この期間内での移籍は合法化され、現在世界中で定着している。特にフットボール大陸としてのヨーロッパ各国は、そのWindow期間をUEFA参加各国の了解で、ほぼ上記の同じ期間に特定している。

 イングランドのプレミアリーグの移籍市場は世界一の規模を持ち、今年の夏の移籍期間中に成立した選手の移籍金総額は1.47ビリオンポンド(約2,060億円)にも上る。プレミアリーグ20チームの1チーム当たりの移籍金は100億円を超えることになる。

 トップのクラブはマンチェスターシティで220.9百万ポンド(約300億円)を選手獲得に費やした。この原資の多くは高騰を続けるテレビ放映権料によるところが大きい。現在のTV放映権料は英国内、外国併せて3年間で8.5ビリオンポンド(約1兆2千億円=1年当たり約4,000億円)にも上る。1クラブ平均200億円のTVマネーが転がり込んでくる勘定である。その巨額の資金は、選手獲得移籍金につぎ込まれるのが当然の帰結であろう。

 そのため、シーズンが終了した6月9日より各クラブの監督、クラブオーナー、GM、スカウトが8月31日のWindow終了まで世界中から補強すべき選手を模索し、Agentを介して交渉に当たることになる。そこには悲喜こもごもの事件も起こる。

 今年のプレミアリーグの開幕は8月11日であった。実際にはこの日までに移籍が決定した選手の数は限られている。

 開幕戦はアーセナル対レスターであったが、来年契約が切れる(切れる6か月前に移籍する場合は高額な移籍金のやりとりはなくFreeに選手が移籍できる)アーセナルのストライカー、チリ代表サンチェスはマンチェスターシティから、中盤のドイツ代表エジル、そしてイングランド代表オックスレイド・チェンバレンがチュルシーとリバプールから触手を伸ばされており彼らの動向が注目されていた。

 この3人の選手はアーセナルの契約更新を拒否しており、このまま契約更新しなければ自動的に来年1月にはFreeとなり、自分の行きたいクラブと交渉できることになる。サンチェスとエジルは給料の大幅アップ(週給300,000ポンド)を要求しており、アーセナル側はそのような高額サラリーは払えない。最悪、来シーズン彼らが勝手に出て行くのであれば致し方なしの態度であった。

 まずサンチェスについては、マンチェスターシティからの60百万ポンド(85億円)のオファーがあったがアーセナルはそれを拒否し、彼の去就は宙に浮いてしまった。またエジルも移籍希望を表明したが、なぜかどこからもオファーがなく、また彼も契約更改に応じず来年Freeになり、どこかへ移籍できることに賭けた結果となっている。

 オックスレイド・チェンバレンについては、当初チェルシーが食指を動かしていたが、チュルシーが彼をウイングバックにしたいという意向を示したことでチェルシー行きを拒否。ミッドフィルダーとして補強するとしたリバプールに、結局Windowが閉まる最終日8月31日に35百万ポンド=50億円で移籍が成立したのである。

 ベンゲル監督としては、彼をリーグ開幕後も中盤の選手として起用していたが、結局、新天地を求めたオックスを手放したのである。結局3人の主要選手のうち、2人が彼ら本人の意思と違い残留となった。彼らはクラブへ移籍要求書を提出しており、気持ち的にはアーセナルから離れたい意向を持ちながら、次のWindow開始の1月までプレーしなければならないことになった。

 レスターもスポーティング・リスボン(ポルトガル)からアドリアン・シウバを22百万ポンド(31億円)で獲得し、双方の契約書類を交換し、FIFAにも移籍を報告する書類手続きをしたが、締め切りの23時にわずか14秒の遅れが出て、移籍が不成立となってしまった。シウバもリスボンへ戻らねばならなくなった。

 そしてリバプールのブラジル代表コウチーニョに対してスペインのバルサがアプローチしてきた。監督クロップはコウチーニョを移籍金が幾らでも出さないと表明していたが、クラブ側は183百万ポンド=256億円もの移籍金を示唆し、バルサも諦め結局移籍はなしの破談となった。この間、8月31日までリバプールはコウチーニョを使わず試合を続けた。

 またアトレチコ・マドリッドへ戻りたいと主張した、チェルシーのコスタはアトレチコがFIFAより移籍禁止の処分を受けており、彼の復帰はなくなったが、監督コンテとのあつれきからクラブへ戻る気配はなく、現在も生まれ故郷のブラジルに留まったまま。言わばストライキ中といっても良い状況である。

 高額な移籍金、そして選手のエゴ、代理人の暗躍、移籍金に火をつけたバルサからパリサンジェルマンへ、史上最高移籍金222百万ユーロ(約278億円)のネイマールの移籍が、あっというまにトップ選手は100億円市場になってしまったのである。

 このような事態を憂慮したプレミアリーグでは、オーナー会議を開き、今後の移籍Window systemを変更する意向を示した。

 その意向はWindow期間を変更すること。実施は来年度(2018年/19年)シーズンからとする。

 夏期Window期間を現在の8月31日ではなく、プレミアリーグ開幕日前日まで。つまり6月9日より8月初めまでとする。更に開幕までは売り買いは可能であるが、クラブとしての売りは開幕まで、買いは8月31日まで認めるという、一見矛盾した仕組みをとるというものである。

 この委員会では20クラブのうち、14クラブが賛成、5クラブが反対、1クラブが保留であったが、今後The FAおよびFIFA、UEFAとも協議の上実施したいというもの。

 チーム監督からすれば、今までのように8月初めに開幕していながら、9月1日にならなければその年の選手が確定しないのでは、チームをマネージするのは難しいという点と、選手にとっても自分の行き先がシーズンが始まってから約1か月後に決まることで、チームの同僚とのコミュニケーション上でもメンタル面でもうまく行かないなどの理由での移籍期間Windowの変更である。

 この動きに対してドイツ、イタリアも同調するとの声が上がってきており、来年からヨーロッパ有力国の移籍Windowは変更される可能性が高くなった。

 注目に値する動きである。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)