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ヨーロッパサッカー回廊『フットボールの種類とラグビーワールドカップ』

15・10・14
 フットボールの種類は幾つある?という質問に対してどう答えますか。

 アメリカ人であれば即「American Football」と答えるでしょう。日本人も一部のオールドファンは別としてAmerican Footballを思い起こすのではないでしょうか。オーストラリア人であれば「Aussie Football」や、「Rugby Football」と答えるか、はたまた「Football or Soccer」と答えることでしょう。

 それでは英国人はというと、「Football は Football しかない」というのが答えでしょう。しかし一方で現在進行中のRugby World Cup(以下RWC)も「一つのFootballなのだ」と答える人もいると思います。

 歴史的にいえば、Footballの英国での起源は13世紀の村対抗から始まり、英国Public School(全寮制私立校、8歳から18歳まで)の校技として、青少年の心身を鍛える、エリート学生必須のスポーツとして行われてました。ルールもまちまち、それぞれの学校単位でのルールが存在していました。

 そのPublic Schoolの一つ、Rugby校のエリス少年がボールを抱えてゴールへ向かったのが現在のRugby Footballの始まりとされています。1823年のことです。そして1845年に手でボールを持って走るFootballをRugby校の名を取って『Rugby Football』としたのです。

 そして1863年、The Football Association (現在のFootball―アメリカ、日本ではSoccerという)が設立されると同時に、RugbyはRugby Football Associationとして分離し創立。二つのFootballが英国から世界へ広がっていったのです。もともとの起源は同じスポーツなのです。

 以来、その『Rugby Football』と、『Football』は二極化し現在に至っております。

 現在、イングランドで8回目のRWCが行われています。と同時に、今や世界一のスポーツ経済力を持つプレミアリーグ、そして『UEFA EURO 2016』の予選も行われています。筆者はFootballが専門ですが、1999年英国開催のRWCを全試合取材した経験もあります。その中、大いなる違いを感じていましたので、今回のRWCを観戦し、改めてFootballとの違いを浮き彫りにしたいと思います。

1)まずは代表選手の経歴から
 プレミアリーグFootballの登録選手500名余のうち大学卒業選手はほぼ皆無。96%の選手が16歳の義務教育で終了しており、高等教育を受けている選手は極わずかで、Public School出身選手は元チェルシーのランパードのみ。1980年代にはMUのスティーブ・コッペルが大卒選手として異色の存在でトップ代表クラスの選手になりましたが稀なケースです。現在のイングランドキャプテン、ルーニーは中学(16歳)での科目別国家試験(GCSE)の資格は皆無(60点以下)、ベッカムも同じく皆無でした。
 一方、Rugbyの代表選手はというとRugbyは1995年に初めてプロ化を認められ、それ以前はすべてアマチュア選手でありました。RWCが始まったのは1987年、その当時はほとんどの選手がPublic School及びGrammar School(公立進学校)を経てOxford(オックスフォード)、Cambridge(ケンブリッジ)大学に代表されるエリート大学卒業選手で占められていました。いわばFootballが労働者階級のスポーツであり、Rugbyが高学歴、上流、中産階級のスポーツと区分される由縁です。
 この傾向は現在でも続けられています。今回のRWCのイングランド31名の選手のうち20名はPublic Schoolから大学卒出身者で占められています。あとの11名もGrammar School出身者と高学歴です。

2)サポーターの層
 地元の労働者階級のサポートで始まったFootballのコアは、現在でも熱烈な労働者階級によって支えられています。もちろん昨今のプレミアリーグの経済的な増長によって、ロンドンのクラブにみられる中産階級のサポートが増えていることは確かですが。
 一方、Rugbyのサポーター層はFootballのそれとは雰囲気が違います。上流階級、中産階級、高学歴が中心で、行儀よく、安心して観戦できる人たちが主流です。

3)英語が違う
 プレミアリーグの試合後はクラブの監督、選手のインタビューが義務付けられています。そして、ほとんどの監督、選手の英語は外国訛りであったり、幼稚な方言英語であったりしますが、Rugbyの監督や選手の英語はPublic School、大学特有の正調Englishであり、論理的なインテリジェンスに溢れた英語で話します。人種、階級、教育程度の差は歴然です。

4)プロ選手の平均給与
 プレミアリーグの選手の平均給与は週給44,000ポンド(約800万円=年収4億円)です。MUのルーニーは、週給26万ポンド(年収25億円)に対し、ラグビーのプロ選手の報酬はサラリーキャップ(上限)が決められており、年間5.1百万ポンド(約9.5億円)が1クラブの選手報酬限度となっています。ちなみにRugby選手で最高給は、フランスのツーロンに所属する元イングランド代表ジョニー・ウィルキンソンで年収67.2万ユーロ(約9千万円)とFootball選手に比べると圧倒的に低い報酬であることがわかります。

 Rugbyに比べて、Footballの選手の報酬が圧倒的に高い理由の一つとして、テレビの放映権料の高騰が挙げられます。来年2016年から3年契約でスカイ及びBTスポーツの放映権料が51億ポンド、さらに外国への放映権が10億ポンド、合計61億ポンドとなり、年換算で約20億ポンド(3,700億円)になる予定です(1プレミアクラブ当たり160億円)。この放映権料がFootball選手の報酬に充てられているからです。
 Rugbyも昨今話題を集めていますが、ヨーロッパでの6Nations Cup(ヨーロッパ強豪6か国参加の国際大会)でさえ40百万ポンド(75億円)程度の放映権料ですからFootballの比にはなりません。

5)ルールの公正化
 先のFootball World Cupからゴールラインテクノロジーが採用され、機械化へ一歩前進しましたが、RugbyはこのRWCからTMO(Television Match Official)を採用し、審判がビデオにて判定を確認し、決定することとなりました。トライの確認も正確化し、反則の処理も明確となり、若干プレーの流れが阻害されるところはありますが、今のところ好評です。
 一方、Footballはまだまだそこまでいかず、特にオフサイドの判定は物議を醸しており、また相手をけがさせるようなタックルを主審が見逃すといったことも多々あります。試合後の監督インタビューでは毎試合、主審への不満をぶつけており、FootballもこのTMOを採用する方向へ行くべきではないかと思われます。
 Football界のルールはFIFAと発祥国イングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランドからなる委員会で決められます。この機会に見直すことは必須の課題でしょう。
 またRugbyの場合、イエローの反則に対してはSin‐Bin制度として10分間の退場が科せられます。アイスホッケーのルールを採用したものです。10月10日のウェールズ対オーストラリア戦でオーストラリアの選手2名がSin‐Binで退場13人となりましたがウエールズの猛攻を凌いで勝利をおさめました。これもある意味公正なるルールではないでしょうか。

6)選手登録の柔軟性
 今回のRWCでは各国に他国籍の選手が多く登録されており、Footballのように厳格な国籍主義とはいささか違うことに奇異を感じている方も多いでしょう。この制度は元々はイングランドから始まったRugbyが英国の植民地オーストラリア、ニュージーランド、南ア等々へ移民英国人の手で発展したためです。彼らは当然英国パスポートを所持し、それらの国を作り、その国のパスポートをも所持できるため、二重国籍を認めたことから由来しています。
 そしてその制度を拡大し、現在はその国で継続して3年以上居住の事実があれば国籍を問わずプレーする国を選択できるためでもあります。今回日本が強豪南アに勝ち、世界中のラグビーファンを狂喜させましたが、日本チーム31名のうち10名が外国生まれであったこともその一因かもしれません。果たして日本人だけで勝てたのか?わかりませんが―。

 紳士が行う乱暴なスポーツ、Rugbyと、労働者が行うインテリジェントなスポーツ、Football。この言葉が英国ではその違いを表しています。

 現在進行中のRWCでは、イングランドは予選グループで敗退しましたが、ウエールズ、スコットランド、アイルランドが8強入りしました。一方Footballでは『UEFA EURO 2016』にイングランド、北アイルランド、そしてウエールズは1958年以来の国際大会に出場を決め、この10月は対比したスポーツの話題で英国全体は大いに盛り上がっています。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
現在:T M ITO Ltd.(UK)代表取締役
伊藤 庸夫