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ヨーロッパサッカー回廊『ローンから生まれる代表選手』

15・03・20
 皆様ローン(Loan)という言葉からイメージすることは何でしょうか。

 多分住宅ローンのローン、すなわち貸付金とイメージするのが一般の日本人の感覚でしょう。しかし、このLoanという言葉はれっきとしたフットボールの言葉でもあります。

 選手がクラブからクラブへ移ることを移籍(Transfer)ということは、フットボールファンの方々はよく知っていると思われますが、ローンとなると「はて?」と一体何かと思う人が多いと思います。

 フットボールの規則は、プレーのルールから選手の移籍までFIFA(国際サッカー連盟)で規定されており、ある選手(X)が(A)クラブから(B)クラブへ移る際、(X)が(A)との契約期間内(規則上は契約満了の6か月前まで)に両クラブの合意があれば移籍(Transfer)が成立し、選手の所属権利は(A)から(B)へ転移します。通常(B)は(A)へ合意した移籍金(Transfer Fee)を支払うことになります。

 昨年、レアル・マドリッドからマンチェスター・ユナイテッド(MU)に移籍したディ・マリア(X)の移籍金はプレミアリーグ史上最高額の59,700,000ポンド(現在価格で107,5億円)でしたが、この移籍金はMU(B)がレアル・マドリッド(A)へ支払った金額であり選手への報酬ではありません。この移籍で両クラブの権利義務は完全に移転したことになります。

 一方で、MU(B)はストライカーとしてモナコ(A)からコロンビア代表のファルカオ(X)を昨年8月獲得しましたがこの移籍はLoanでした。日本のJリーグでは『期限付き移籍』と称しています。

 このローンとは(B)が(A)から(X)を期限(1年)で借りている状況を言います。

 選手の所属権利はモナコ(A)が持っていますが、期間中はMU(B)でプレーすることになり、契約期間が過ぎれば元のクラブ=モナコ(A)に戻ることになります。現在ファルカオは期待に応えられず、MU(B)は今シーズン末にはモナコ(A)へ戻す模様です。

 ちなみにLoan代は1年で600万ポンド(10,8億円)をMU(B)は、モナコ(A)へ支払い、ファルカオへの報酬も週20万ポンド(3,600万円)ともいわれる額をMU(B)が支払っております。

 100億を超える移籍金支払は、クラブとして果たしてその選手が活躍するかのリスクを抱えており、期間限定でのLoan制度を利用してトップ選手を獲得する方が、リスク回避になるとして最近では活発に行われております。

 上記はトップの既に活躍した実績のある選手の移籍、Loanですが、もう一つのLoanの活用という風潮がプレミアクラブには見られてきました。

 それはアカデミーのU18の選手がプロ契約をしても、即トップチームの登録選手になれないが、将来有望であり、実践経験を積ませるため、下部のクラブへ貸し出すことです。これもLoanという定義に当てはまります。

 通常、このLoan選手の報酬は派遣元の(A)クラブが支払います。受け入れた(B)クラブは(X)選手をレギュラーとして使い経験を積ませると同時に、クラブの戦力として活用するわけです。両クラブ(A)、(B)そして選手(X)にとってもメリットのあるシステムとなっておりプレミアの多くのクラブがこのLoan制度を採用しています。

 現在、プレミア、そしてイングランド代表の将来のストライカーとして注目されているトッテナム・ホットスパー(スパーズ)のハリー・ケーンはこのLoan制度のおかげで成長し、3月末のイングランド代表試合には召集されると目されています。

 21歳のケーンは、今シーズン既にカップ戦を含め42試合を消化し25得点を挙げており、プレミアリーグだけでは16点を記録、チェルシーのコスタ、マンチェスターシティのアグエロに次いで現在3位。将来のスパーズ、そしてイングランド代表ストライカーとして期待されているのです。

 彼は18歳でプロ契約後、即トップ選手としてはデビューできず、経験を積ませるためクラブは4つの下部クラブへLoanで貸し出されました。

 2010/11シーズン(17歳)は当時上から3部のレイトン・オリエントへLoan。18試合出場5得点。

 2011/12シーズン(18歳)ではミルウオール(2部)へLoan。27試合出場9得点。

 2012/13シーズン(19歳)ノーリッチ及びレスターへLoan。レスターでは2得点。

 そして昨年2013/14シーズン(20歳)スパーズに戻り6試合出場3得点を挙げ注目を浴びてきたのです。スパーズでのプレミアデビューは2014年4月の対サンダーランド戦で、その初試合で得点し、次の2試合でも連続ゴールを決めたのです。

 そして今シーズンは、サウサンプトンから移籍した監督ポシェチーノの若手を育てて使う方針に開花したハリー・ケーンは、往年のスパーズのストライカー、テディ・シェリンガム(典型的ナンバー10)のフットボールインテリジェンスを備え、かつ、かつてのイングランド代表ストライカーであったアラン・シーラー(典型的ナンバー9)の爆発的シュート力を持つ逸材として評価され、彼はナンバー9.5(ナイン・ファイブ)の異名を与えられるほどに成長しました。

 もちろん彼自身の努力もありますが、周りの指導者が育成としてのLoan制度を活用し、下部クラブで経験を積ませたことが今年のブレークスルーになったのです。

 これから更に飛躍するであろうハリー・ケーンという選手にぜひご注目を。そしてLoan(ローン)という言葉の意味もよく理解してください。念のためですが、フットボールの世界では、日本でよく使われるレンタル(Rental)移籍という言葉はありません。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
現在:T M ITO Ltd.(UK)代表取締役
伊藤 庸夫