サッカーアラカルチョ

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ヨーロッパサッカー回廊『プレミアリーグ公式戦を海外で』

14・11・18
 ヨーロッパ各国のリーグ戦は、シーズンを通してホームアンドアウエーで行なわれている。

 おらが町のクラブが地元で試合をする場合は、当然その町のスタジアムで相手アウエーのクラブを迎え撃って試合をする。もちろん、観客はおらが町のサポーターが大半である。アウエーのサポーターの数はごく少ない。イングランドプレミアではスタジアムの規模にもよるが大体アウエーチームに対しては2〜3千人の席しか用意しない。

 かの有名なオールドトラフォードスタジアムを本拠とするマンチェスターユナイテッドは、75,000人収容の英国一のクラブであるが、アウエーサポーターには、わずか3,000席しか与えていない。しかもゴール裏の隅の一角にホームサポーター席とは仕切られ、閉じ込めた席しか与えていない。

 イタリアミランのサンシロスタジアムではかって、アウエーサポーターは暴徒であるとみなし、アウエーの席を完全に檻のように網で囲ってしまった。

 フットボールが戦争の代替のスポーツと言われるゆえんでもある。

 従いホームチームは絶対に負けてはいけない。攻めて、攻めて勝たなければならない。守備的な戦術で戦うなぞ、あり得ないのだ。逆にアウエーチームは負けなければ御の字、引き分け狙いに徹して守備的な戦術を使うのが当たり前であった。

 しかしそのような対照的な戦術と熱狂的なホームサポーターの応援も、昨今のビジネス優先のフットボール界の風潮の中、変質しつつある。

 世界の富豪の投資源となり、テレビ放映権料、スポンサーシップ料の高騰もあり、今やイングランドプレミアリーグは、世界一の収入を得るリーグとなっている。その潤沢な資金で世界のトップ選手を獲得、プレミア選手の70%は外国人選手となっている。

 サポーターの質も変質した。熱狂的な地元ホームを応援するおらが町のサポーターが大半であった試合も、シーズンチケットの高騰に伴い、中産層、富裕層の比率が高くなり、スタジアムの雰囲気も変わってきた。激しい応援から、ラウンジを使い飲食しながらの静かな応援に変わってきたのである。言わば労働者階級のスポーツから脱皮し、中産階級のスポーツに変化しているのだ。

 そしてここにきて、ついにプレミアリーグクラブも新たな財源を求めて、海外での公式試合をという案が水面下で持ち上がってきた。

 現在UEFAでは、各国リーグ戦の公式試合はホームアンドアウエー方式としている。しかし、フランスではフランススーパーカップを既に過去6年にわたって、カナダ、チュニジア、モロッコ、USA、ガボン、中国へ売りフランス国内での試合より多くの収入を得ている。

 また、イタリアでもスーパーカップを中国に売り、北京で公式試合を行っている。地元イタリアより観客も入り、収入も増加するメリットを求めての海外公式試合である。今年も12月にカタールでユベントス対ナポリの試合が行われることになっている。

 フットボールだけではなく、アメリカンフットボールでもNFLの公式試合が年1回ロンドンのウエンブレースタジアムで行われており、アメリカンフットボールを知らないロンドンっ子の人気を集めている。ならばプレミアリーグだって海外で公式戦をやってもよいのでは、という声が大きくなってきたのだ。

 現在、水面下で動いているスキームはプレミアリーグの20クラブがシーズン中1試合のみホームとして海外で行ってもよいというもので、年間38試合のうち1試合である。

 このスキームもビッグクラブであれば、プレミアリーグの公式戦を見たいという世界中のフットボールファンにとってはすいぜんのイベントであり、6万人以上のスタジアムを持つ国でも満員確実。放映権料も稼げるわけで是非実施したいと思うことであろう。

 オーナーのアブラモビッチの母国であるロシア・モスコーでチェルシーが公式戦を行うということも夢ではない。アメリカ人オーナー、グレーザーを有するマンチェスターユナイテッドがUSAで公式戦を行えば、今年のプレシーズン、アメリカのミシガンスタジアムに109,318人の大観衆を呼んだ対レアルマドリッドとのフレンドリーマッチ以上の売り上げを挙げることは確実であろう。

 ただ弱小クラブ、例えば現在ボトム3のレスターシティのホームゲームを買う国、都市があるかは疑問である。この強者と弱者のバランスをどうするかも今後の課題となろう。

 更にホームクラブだけが収入を独り占めするのか(現在のホームマッチはそうである)、アウエークラブにも分配金が支払われるのかも今後の課題であろう。

 ともあれ時代の趨勢はマネーがあるところに流れている。フットボールも然り。

 近い将来、日本の埼玉スタジアムにマンチェスターユナイテッド対アーセナルの公式戦が来ないとも限らない。来れば当然満員御礼、放映権料が倍増し、スポンサーも目白押し、チケットもプレミアがつくこと必至の試合になるだろう。しかし熱狂的なサポーターの姿はごく少なくなること確実である。

 またサウサンプトンのホーム扱いでレスターシティとの試合が来たらどうなるか。その時、吉田麻也が健在であれば少しは観客も入るだろうが、いなければ閑古鳥が鳴く状況になるのではないだろうか。

 海外での公式試合はビッグクラブには利あり、スモールクラブには利なしとなる危険性を帯びているギャンブルでもある。

 今後どうなるか推移を見極めて行きたいものだ。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
現在:T M ITO Ltd.(UK)代表取締役
伊藤 庸夫