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ヨーロッパサッカー回廊『バルサ低迷―ネイマールを取り巻く疑惑』

14・03・14
 スペイン、ラ・リーガの常勝バルサが病んでいる。3月10日現在、ライバル、レアル・マドリッドと勝ち点4の差が付き、アトレチコ・マドリッドにも抜かれ3位となっている。何が起こったのか。

 まずはバルサの得点マシーン、メッシの得点能力が昨シーズンから激減、現在得点王の位置にいるレアルのクリスティアーノ・ロナウドの24点に大きく差をつけられ15点しかゴールネットを揺らしていない。ラ・リーガでの得点ランキング4位という期待を裏切る結果となっている。

 メッシは昨シーズンから脱税の容疑でスペイン当局から捜査が入り、彼の事実上の代理人である父親が取り調べられ、結局脱税分と罰金を支払い逮捕を免れたことも、けがと共に影響しているのであろうか。

 そこへまた新たな問題が起こってきた。

 今シーズン(昨年8月)、ブラジルの名門クラブ、サントスから獲得したネイマールの移籍に関わる移籍金疑惑である。

 契約した当時のバルセロナ会長であったサンドロ・ロッセル氏がネイマールの移籍に関し、契約そのものが偽(Simulated)の契約であったと検察官から指摘されたことで辞任したのである。ロッセル氏が実際支払った移籍金は、総額57,1百万ユーロ(実勢80億円)であり、そのうちサントス(クラブ)にはわずか17,1百万ユーロ(約24億円)残りの40百万ユーロ(56億円)はネイマールの父親が経営するN&Nという会社に支払ったというものである。

 しかるに検察側はN&Nへの40百万ユーロの内訳を追及したがロッセル氏は守秘義務を盾に内訳を公表することを拒否。そして辞任したのである。

 後任に任命されたジョセ・マリア・バルトミュー新会長は「実際に支払われた額は合計86,2百万ユーロ(120,7億円)である」と更なる隠し移籍金があったことを公表し、現在も裁判は続行されている。

 差額の29,1百万ユーロ(40,7億円)の内訳はネイマールの前金が10百万ユーロ(14億円)、サントスの若手選手3人の育成費が7,9百万ユーロ(11億円)、ネイマールの父親のスポンサー探しのマーケテイング費用が4百万ユーロ(5,6億円)、そして代理人(父親ではなくワグナー・リベイロ氏)の費用として2,7百万ユーロ(3,8億円)更にネイマールのチャリテイ基金へ2,5百万ユーロ(3,5億円)そして将来FIFAの最高殊勲選手になった時のボーナス分2百万ユーロ(2,8億円)である。

 更に裁判所ではサントスへの支払いの17,1百万ユーロのうちサントスの取り分は55%の9,4百万ユーロ(13,1億円)に過ぎず残りの45%はネイマールの保有会社2社へ支払われていることを暴いている。

 その上にネイマールの給与は5年契約、年間あたり8,8百万ユーロ(12,3億円=月給1億円)である。この裁判が確定するとサンドロ・ロッセル氏は7年の刑が、虚偽申告と脱税として科せられるといわれている。

 なぜこのような複雑かつ怪奇的な移籍金が発生したのであろうか。

 代理人制度がFIFAで公認された2001年以前は「選手の所属するクラブが保有権を持ち、移籍の手順としては、まず買手のクラブが売手のクラブへ当該選手の移籍を打診し、Yesであればクラブ同士で移籍金、条件を決め、次に買手クラブが選手と選手契約を締結し移籍が成立する」のが原則であった。

 もし買手のクラブが選手へクラブの同意を得ず移籍交渉、打診をした場合は、その移籍は無効となり買手は罰則が科せられることになっていた。更に第3者への支払いは違法として時として各国のFAはその移籍を違法として無効化することができる権限を持っていた。

 しかしネイマールの移籍の例でいえば、売手のサントスが受け取った移籍金は合計120,7億円のうちわずか13,1億円、10%に過ぎないのはいかにも不合理な契約と言わざるを得ないであろう。その裏には選手の代理人が暗躍し、選手とクラブの移籍にビジネスとしての複雑な商取引を移籍制度の枠外として執り行うことで高額の移籍金が動くことになったのである。

 私的な一般商取引とFIFA、各国FAの移籍制度がミックスするほどに移籍金勘定がリッチなクラブ程高騰してきたのである。

 2001年以降Players Agent(選手代理人)がFIFAで公認化され、買手クラブと売手クラブも代理人を通じての選手移籍が認められるようになったのもそのきっかけであろう。しかし南米のクラブには従前からいわゆる「パス」と称する第3者が選手を保有し、選手の移籍を増長し時として巨額の移籍金を稼ぐビジネスを成立させていた。

 イングランドはじめ多くのヨーロッパの国の協会規則ではこの第3者保有制度は現在でも認めていないにもかかわらずである。

 例えば2006年8月ブラジル・コリンチャンズからウエストハムが獲得したカルロス・テベスへの移籍金(実際には期限付き移籍)はウエストハムから彼を保有していたイラン人代理人であるキア・ヨラブチアン氏へ支払われて、その移籍行為がThe FAの規則に触れウエストハムは多大な罰金を支払った例もある程である。

 果たしてこの第3者が商業ベースで選手を保有し意のままに選手を移籍させるのが妥当な移籍なのか。今やトップクラブはテレビ放映権料の高騰により400億円もの売り上げ規模になり、MUルーニーの報酬が週給30万ポンド(5,100万円=年間26,5億円)を超えるまでになった現在、それほど経理・契約に明るい選手がいるはずもなく、総じて契約に明るい法的基盤を持つ代理人を通じての移籍契約が行なわれるのも致し方ないのかもしれない。

 旧来のクラブと選手だけでの移籍契約が合理的なのかも問われているのが、この種の私的第3者が加わる一般ビジネスとしての選手の移籍は日常茶飯事に行われており、今回のネイマール移籍もその氷山の一角なのかもしれない移籍金疑惑事件であった。今や代理人だけではなく、弁護士、会計士、税理士、選手保有企業なくして世界のトップ選手の移籍はないといわれている。

 ともあれ常勝バルサの低迷が上記、メッシの不調とネイマールの移籍金疑惑に惑わされてきたことは否めない。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
現在:T M ITO Ltd.(UK)代表取締役
伊藤 庸夫