サッカーアラカルチョ

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ヨーロッパサッカー回廊『Home Grown Player』

14・01・23
 1月13日、第92回全国高校サッカー選手権で富山第一高校が初優勝し、北陸からの最初の優勝校となった。しかも決勝はお隣の石川県の星陵高校との対戦となり、国立競技場での最後の高校選手権として注目を浴びた試合となった。

 結果はドラマチックな結末で富山第一高校が優勝。87分まで2−0とリードしていた星陵高校にとっては悪魔の3分+3分であったであろう。この6分に2点を返され、延長109分にボレーシュートを決められ富山第一の優勝が決まったのである。

 結果はともあれ、試合後の両チームの監督の言葉が注目を浴びた。

 富山第一高校の大塚一朗監督が「我々のチームは富山県出身地元の選手で構成されている。富山県民による富山県民としての優勝である。相手星陵高校の多くの選手は大阪などの県外からの選手で固めている」と地元Home Grown Playersでの勝利を讃えた。一方で相手星陵高校の監督は「富山にも石川県出身の選手がいるではないか」と反論したのである。

 そもそもフットボールの歴史は村同士の対抗から始まったスポーツである。その村生まれの選手が村を代表して闘い、村の勝利を追及するのだ。それだけに現代のヨーロッパのフットボール、特に発祥の国イングランドではいまだに地元意識が強く、熱烈な地元サポーターが親子代々引き継がれて生まれてきている。

 しかしその伝統は現在では少しずつ変化している。クラブは長年の伝統に従いホームタウンで、地元のサポーターに支えられて存続しているが、マネジメント、監督スタッフ選手は必ずしもホームタウン出身ではない。

 マネジメントの面からは現代のヨーロッパトップクラブの経営主体は外国資本が入り込み、地元有力者によるマネジメントを行っているクラブが少なくなってきた。それはひとえにクラブを強化するための資金を調達できるかの経営能力、資金獲得力を持った経営者が求められたからでもある。結果として、それを求めたのはホームタウンのサポーター以外の何者でもないのである。勝つために。

 かのチュルシーのアブラノビッチ(ロシア)しかり、マンチェスターユナイテッドのグレーザー(アメリカ)しかり、マンチェスターシティの投資会社会長マンスール(UAE)しかりである。彼らは莫大な資金を世界のトップ選手に投資し熱狂的なホームタウンのサポーターを買い取ったのである。サポーターにとっては我がチームが強ければよいのである。

 選手についても地元出身選手だけでは勝てないとなると、勝つための選手を広い範囲から補強し、勝つためのチーム造りをホームタウンクラブが推進するのは当然であろう。

 選手の補強をする約束事が移籍制度である。FIFAもThe FAもJFAもJリーグも移籍制度を制定している。それぞれお国柄もあり、異なる条項もあるがFIFAの規則が原則で世界的に運用されている。

 今シーズンはイングランドトッテナムのガレス・ベールがリアル・マドリッドへ百万ユーロ(現在価格約140億円)で移籍した。この移籍金というのは買手クラブが売手クラブへ支払う金額である。トップ選手を獲得しクラブが勝てばその選手が地元出身のホームグロウン選手でなくともサポーターは満足するのであろう。

 数年前のアーセナルの先発選手に1人も地元イングリッシュ選手がいないとか、最近ではマンチェスターシティが11人すべて外国人で試合をするということが起っても誰も驚かなくなったのである。しかし相変わらずサポーターはスタジアムを満員にし、年間チケットも売り切れという状況が起こっているのである。強くなるために世界のトップ選手を補強するための資金(移籍金)を提供してくれるクラブ経営陣が外国人であろうとなかろうとサポーターにとってはあまり関係のないことで、歓迎すべきことなのかもしれない。

 ホームグロウン選手によるホームタウンチームを目指すというクラブはほとんど存在しない。ただあまりに多国籍選手のチームが増えるとその国のリーグとしてのアイデンティティが失われるとしてプレミアリーグでは登録25名の選手のうち8名はホームグロウン選手であることを義務付けている(ただし外国人選手であっても5年以上ユース時代に在籍していればホームグロウン選手として認められている)。

 唯一ホームグロウン選手でのチームは国の代表チームしかないのだ。イングランド代表チームは全員イングリッシュでなければならない。

 そのような現代のフットボール界から地元出身者で固めた富山第一高校が優勝したことは一種の清涼感を与えたのであろう。

 しかしこの大会は高等学校というアマチュアの大会であり、かつ各県代表の高等学校による全国大会でもあるだけに、地元ホームタウン選手だけで優勝したいというフェア・ルールの願望はあっても、地元選手だけでと限定することはできないだろう。公立校であれば当然県単位での限定があるが、私立高校の場合は全国区であり、選手を全国から集めてはいけないというネガティブな思考は成り立たないであろう。

 もしあるとすれば、登録25名のうち半分はその県出身者(県内中学出身者)であること、といった制限も考えられるが、ユース段階の育成期間中の選手という見方をすれば、その高校に在学している学生であればよしとする制度で十分であろうと思われる。

 大塚一朗監督も英国に留学し、筆者とも懇意の仲であるが、英国の学校スポーツと英国フットボールの原点である村同士の対抗を思っての発言であったのではないかと推測している。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
現在:T M ITO Ltd.(UK)代表取締役
伊藤 庸夫