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ヨーロッパサッカー回廊『誤審−審判受難の時』

12・04・13
 誤審は常にある。誤審もフットボールの一部であろう。プレーする選手も、サイドで叱咤激励、指示を出す監督も、そして試合の判定をルールに基づいて裁く審判も人間である。

 人間には錯誤も、誤解も、見落としもつきものである。しかし誤審は果たして人間の判断として認められるのであろうか。

 フットボールは瞬時に選手の体もボールも動いていく。11対11の多人数のスポーツを1人の主審と2人の副審(通称ラインズマン)ですべてを見渡しルールにのっとる判定を90分間走りながら下すには限界があるようだ。

 フットボールの黎明期には鳥打帽を被り蝶ネクタイ、手には杖をもつ紳士が泥まみれのピッチのセンターサークルに立ち両軍のキャプテン同士の合意がない時だけ判定を下す役割を果たしており、それほど重要な役目ではなかった。当時のフットボールは紳士のスポーツであり、良識と常識をわきまえた選手同士の闘いであった。戦争にはルールもなくオフタイムもない(戦争法という国際常識は存在するが)なかでフットボールはルールを重んじ両軍の紳士的な判定で闘うゲームであった。

 しかし時代が変わり、クラブ予算が400億円にも及び、選手の報酬も週給20万ポンド(年間13億円)にもなる今日、クラブは強大化し、有力スポンサーを擁し、克明にテレビで中継され、かつ世界の投資家の投資対象としてあるいは富豪の「おもちゃ」としてビジネス化した現在、1つの判定は数10億円にもなる時、果たして誤審が正当化されるのであろうか。

 先のワールドカップでのイングランド対ドイツ戦でのイングランド、ランパートのシュートは2フィート(約60cm)もゴールラインを割って入っていたのに、主審、副審とも見過ごしオンプレーでイングランドの得点は認められず、敗退した。もしこのシュートが入っていてイングランドが勝っていれば、いくらになったかという算段は別にして、これだけテレビ放映が克明になった今、人間の判断だけで物事を決するのはおかしいのではないかという声が出てくるのは当り前であろう。

 なぜ、いわゆるゴールラインテクノロジー導入をしないのかがこのゴール問題で浮き彫りにされ、やっとFIFAも腰を上げ来年度より実施の方向に向かっているがまだ実現はしていない(UEFAチャンピオンズリーグではゴール裏にそれぞれ1名の副審をつけ6人体制で判定の正当化をはかっている)。

 今度の問題提起はゴールラインではなかった。オフサイドラインである。

 4月7日のプレミアリーグ、チェルシー対ウイガン戦、チェルシーのホームでの戦いで起こった。チェルシーは今シーズン途中に、最年少の監督ヴィラボアをチャンピオンズリーグ出場権確保の4位以内にも入れず5位と低迷したことで、更迭し、アシスタントのディ・マテオを暫定監督として任命。なんとか4位にと詰め寄っての闘いであり、一方のウイガンは降格ゾーン19位となっており一矢を報いて這い上がりたい一戦であった。

 前半は0−0、そして62分、左サイドよりメイレスがセンターへボールを上げた。その時チェルシー、イバノビッチは確実にオフサイドの位置にいたが、来たボールをシュートし決めた。ウイガンの選手は主審に詰め寄ったが副審は(明らかにライン上で確認できた位置にいた)ゴールと判定。ウイガンも82分に1点を返し反撃したが、92分にトーレスのシュートは左ポストに当たり跳ね返ったところ、またまたオフサイドポジションにいたマタが決め2−1でチェルシーが勝った。チェルシーの2点は明らかにオフサイドであった。副審の誤審である。この結果チェルシーは4位への可能性を残したが、ウイガンは16位になるチャンスを逃した。この誤審によって、ウイガンが降格となると年間40億円近い損失となる。果たして誰がこの誤審を賠償するのであろうか。副審?No!

 そして翌日8日、トップのマンチェスターユナイテッドは元MUのスターストライカー、マーク・ヒューズが監督をつとめるQPRとオールドトラフォードで対戦。15分にスルーボールをイングランド代表ウインガー、ヤングがオフサイドポジションにいながらこれまた副審が見落とし、QPRのデフェンダー、デーリーが軽くヤングに接触したため、ヤングは大げさに倒れ、主審はPKを宣告、そして最終デフェンダーとしてデーリーを退場処分にした。

 PKの前にヤングはオフサイドであり、PK・退場はなかったはず。それが誤審によりPK・退場となり試合は終わった。ファーガソン監督もヤングはオフサイドであったとコメントしたが結果が変わるわけではない。これでQPRも17位降格ゾーンに留まってしまった。降格すればまたまた数十億円の損失となる。これも副審が賠償するのか?No!である。

 唯一の罰則は審判委員会での審査により当該副審(主審も)の降格(プレミアより下部のリーグ審判へ)しかない。

 いまや判定を巡る審判への圧力は強い。しかし人間である以上何台もあるテレビカメラ以上の正確な判定は不可能に近い。

 ゴールライン上での得点か否かの判定はビデオなどの助けを借りれば、判定可能であるが、果たしてオフサイドをどう機械的に判定するのか。ビデオを通して、パスを出した瞬間の選手の線引は高い位置からであれば可能であるが、ライン上を走る副審の目線からは最終選手のラインとボールを出す選手の瞬間を両目でみるのは非常に難しい。

 よく、右目で最終ライン上の選手を見、左目でパスを出す選手を見ながらラインをとれといわれるが、それは人間業ではない。となると第5審判でも置き、高い位置からビデオを使い瞬時に判定し主審に伝える手段がない限り正確な判定はできないはず。これだけプレーが高速化した試合で、人間による判定では追い切れないルールになっているのではないか。

 テニスに採用されているホークアイ方式がFIFAでのテクノロジーとして今後採用される方向にあるが、どの時点でホークアイを使うのか、チームのアピールで行うのか、プレーのデッドボールの時まで待つのかというタイミングの問題もある。ラグビーで使われているビデオでの判定もあるが、フットボールでは流れというのが重要視されるスポーツであり、頻繁にプレーを止めるのはサポーターにとっても選手にとっても興ざめな一面もあり具体的な案はまだ確定していない。

 ともあれ判定の機械化でのアシストができるのはそれだけの施設と機材を持っているスタジアムに限られるであろう。プレミア、セリエ、ブンデスリーガ、リーガエスパニョーラのトップリーグに限られるであろう。町、村のアマチュアの試合では相変わらず判定は主審の専従権となって行くのであろうか。

 フットボールの規則と審判による判定は今一度見直す時が来たようだ。ウイガンとQPRが降格するとすれば、そしてチェルシーが4位へ上がるか、MUがプレミアの優勝をするのかあと6試合となった今、改めて審判の重要性と正当性が求められている。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
現在:T M ITO Ltd.(UK)代表取締役
伊藤 庸夫