サッカーアラカルチョ

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ヨーロッパサッカー回廊『人種差別問題』

12・02・15
イングランド代表チームに衝撃が起こった―。

 監督のイタリア人ファビオ・カペッロが突然辞任したのである。

 発端はカペッロが代表キャプテンとして任命していたチェルシーのジョン・テリーが対QPR戦でQPRのアントン・ファーディナンド(マンチェスターユナイテッドのレオ・ファーディナンドの弟)に対し試合中、再三にわたり人種差別の暴言を発したとして、The FAは彼の言動に対する査問委員会を7月に開催し、裁定すると決定。会長のバーンステイン氏はこの事態を重く見て、イングランドのキャプテンとしてふさしくないと、「キャプテンは国を代表する役目であり、テリーは人種差別問題で裁定の遡上に乗っている。その彼をキャプテンとすることはできない」とし、キャプテンの職務を剥奪することを決定し発表したことに端を発している。

 このThe FAの決定に対し、監督カペッロは「キャプテンマターはチーム内で決めるべきものであり、監督として自分が決めると認識している。テリーはキャプテンとして適任であり、私に相談なく一方的にThe FAが決めることは納得できない」とイタリアのテレビのインタビューで発言したことで、The FAは「このような内部事情は当事者同士で話し合いをするのが筋で、テレビなどで公表することは契約違反である」とし、話し合いをした結果2月9日、The FAはテリーのキャプテン剥奪を撤回することなく、カペッロの要求を退けたのである。その結果カペッロはその場で辞任を申し出たのである。

 このニュースは今年6月に始まるユーロに向け、準備する中での監督辞任劇として、イングランドフットボール界に衝撃をもたらした。

 まず第一に、カペッロが辞任した今、イングランドの新監督は誰に? 6月ユーロへの影響は? 次に、名誉あるイングランドキャプテンに誰を任命するのであろうか。

 そして、フットボール界に人種差別問題はなくなるのであろうか。解決するのであろうか。

 次期監督については大方の見方はカペッロ監督の辞任を歓迎している。過去150年もの歴史を持つThe FAの監督に外国人を起用するとは何事ぞ、というナショナリズムもその背景にあり、これでやっとイングリッシュによる代表監督が生まれるという意味での歓迎ではあるが。過去にスウェーデン人エリクソンを起用し2002年日韓ワールドカップを戦ったが、ベスト16で終わってしまった経緯もある。カペッロも2010年の南アのW杯ではやはりベスト16で終わってしまった。そこに見えることはチームを率いる監督に要求されることは選手もサポーターもイングリッシュであり、イングリッシュのブルドッグメンタリテイを解し、かつ英語で選手およびジャーナリストと対応する資質を持っていることであろう。           

 エリクソンは英語を流暢に話すことはできても私生活でのスキャンダルが表に出すぎて、批判の対象となり、成功せずに終わってしまった。今度のカペッロは頑固一徹な性格で何とかイングランドチームを引っ張ってきたが、就任以来英語ができなかったため、選手、スタッフとのコミュニケーションはとれず、「イングランドの監督はイングリッシュたるべし」との声が高くなり、次期監督はイングリッシュでプレミアリーグクラブの監督がなるべきとの声が大きくなっていた矢先のことであった。そのためかカペッロ監督の辞任は選手もサポーターもジャーナリストもほっとした辞任となったことも否めない。

 有力候補としては、現在3位のトッテナム・ホトスパーのばりばりのイングリッシュ、ハリー・レッドナップが最有力となっている。他にスウェーデン、スイス代表監督そしてインターミランの監督経験者でもあるイングリッシュ、ロイ・ホッジソンも名前が挙がっている。The FAは慎重に選択するとしているが、ユーロでのベスト4が必須であり、代表監督には毀誉褒貶(きよほうへん)がつきもので、ジャーナリストとの対応能力も必要であり、The FAの選任役員はこれからインタビューを開始するとしてまだヒントは与えてはいない。さて誰がなるか。皆様も予想してみてください。

 個人的にはMUのファーガソン監督あたりが一番適当とみるが、彼はスコティッシュであり、対象外となるのはちょっと残念な気がする。

 キャプテンはどうなるのか。テリーは過去にも自身の女性問題でカペッロ監督からキャプテンを外されたことがあり、その時はリバプールのジェラードが代行したが、今回は真に国を代表するキャプテンであるべきであり、中盤のバリー(マンチェスターシティ)が候補となっている。ルーニーという声もあったがユーロでは2試合出場停止(チャンピオンズリーグで相手を踏みつけて退場のため)となっておりその可能性はない。いずれにせよ新監督が決まり次第、新キャプテンも決まるであろう。ちなみに2月29日に行われるオランダとのフレンドリーマッチはU21の監督でもあり、オリンピックGB(グレートブリテン)の監督でもあるスチュアート・ピアスが指揮を執ることになっている。

 そして人種差別問題である。FIFAはAnti−Racismキャンペーンを世界中に張っているが、これだけ世界中の異民族が同チーム、同リーグで入り乱れて戦うフットボールではつい思わぬ時に相手を侮蔑する言葉が出てくるのは人間の本性かもしれない。プレミアでは登録の6割が外国選手であり、ヨーロッパ人だけではなく、黒人、旧共産圏人、中南米のヒスパニック、そして東洋人がピッチの上で格闘している。その選手も人間であり、その民族のタブーを負って戦っている。もともとFIFAのAnti−Racismの意図は選手に対する相手サポーターからの人種差別応援を撲滅することが主であった。しかし選手同士での侮蔑言葉の応酬もFair Playという概念を植え付けることで無くそうとしている。

 しかしピッチ上でもこの言葉の応酬は当然ある。2006年ワールドカップ決勝戦でのジダンの頭突き退場。そして最近のリバプールのウルグアイ代表スアレスがMUのエブラに対しての侮蔑語を発し8試合出場停止となった事件。そして今回のテリーのファーディナンドに対する侮蔑語問題。

 Fair Playの何たるかをフットボールの場面で習得するだけでは、この問題は解決しないであろう。社会全体がユートピア化しない限り難しい問題である。世界が紛争を続ける限り、戦争を続ける限り、宗教が多様化する限り、文化が多様化する限り、この人種問題差別はなくならないのではないだろうか―。

 しかし、せめてフットボールの場では極力少なくするという意味でAnti−Racismのキャンペーンを続けることは必要であろう。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
現在:T M ITO Ltd.(UK)代表取締役
伊藤 庸夫