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ヨーロッパサッカー回廊『選手の権利義務』

11・10・12
 今シーズン、ヨーロッパチャンピオンズリーグに初めて見参したマンチェスターシティはグループAのラウンド、ドイツの名門強豪バイエルンミュンヘンとアウエーで対戦、前半バイエルンのゴメスに2点を叩き込まれリードを許す。

 監督マンチニはその2点を取り返すため、後半サブに回ったカルロス・テベスにウオームアップを指示、いったんピッチ横でアップを開始、またベンチに戻った。そして後半15分にマンチニは昨年シティのキャプテンとして、また最多ゴールゲッターの得点マシーンとして活躍したテベスを送り出すべく再度ウオームアップを指示した。しかしテベスをそれを拒否、ピッチに立つことなく試合はそのまま0−2でシティは敗退した。

 試合後マンチニは「シティの選手としてチャンピオンズリーグに登録、しかも高額のサラリー(230,000ポンド/週=年間約14億円:125円/ポンドとして)をもらっている選手が出場を拒否するのであれば、その選手は今後一切起用しない。終わりだ。(Finished)」と宣言し選手の態度を強烈に非難した。翌日マンチニとカツドーン会長と会談、結果はとりあえず2週間の出場停止の処分とした。

 シティはアブダビの大富豪(2.5兆円の資産持ち)マンスールがオーナーで、その資金を基に世界中からトップ選手を獲得、今年もアーセナルからナスリ(2,400万ポンド)、クリチー(700万ポンド)の2人を取り、欲しい選手は金で釣ると批判もされている。そのためトップ代表選手もベンチ入りできず次の冬の移籍期間まで試合に出られない選手も続出(プレミアリーグの登録は25名と限定されている)、その中でウエン・ビリッジのように登録されず毎日練習するだけで8,000ポンド/週=年間約5億円も稼ぐ選手もでてくる程のクラブとなり、果たしてそれがスポーツとしてのプロクラブなのかという議論も出てきている中での出来事であった。

 選手による試合出場拒否が果たして認められるのであろうか。

 通常、選手がクラブでプレーする場合はイングランドの場合The FAのPlayers Contract条項により規定されるがこれはあくまで基本的な条項であり、個々の選手によって特別条項を設けて契約するのが普通である。

 当然、選手は監督の指示に従う義務も規定されている。その意味でマンチニがテベスを今後使わないという決定は契約上は認められるが、その処罰はその行為の解釈で異なる。多くの場合は罰金と出場停止であるが、厳しい場合は解雇にもなる。

 マンチニが今後使わない(練習もトップではさせないという)という決定をどう処理するのか、クラブ側はベンチにいた選手とテベスに対して事情聴取したうえで最終決定するとしているが、ここでもう一つの問題が提起されてきた。それは言葉の問題である。マンチニはイタリアーノ、テベスはアルゼンチナでアルゼンチンスペイン語、アシスタントマネジャーはイングリッシュ、となると何語で指示したのか、正確な指示が的確に適時に伝わったのかも提起されてきた。通常イングランドのクラブでは例え外国人監督でもコーチでも選手でもイングリッシュが普通であり、契約書にも記載される条項となっている。

 マンチニもテベスも英語で話すことができると言われている。しかしとっさの場合果たして通じたのか、テベス側の代理人はアップしろと言われたが、彼は既にしているので、しないと言っただけと釈明している。混乱を避けるためシティは通訳を配しているが、その通訳がどうもマンチニの意図を正確に伝えていないとも言われており、その通訳が悪者になる可能性もある。その場合はマンチニが使わないとして宣言した以上、テベスは通訳の誤訳で処分を受けるのは不当として訴えることはできる。もしそれが通れば解雇の場合は弁償金を契約残余期間分支払う羽目になる。となると彼のサラリーのあと3年分、日本円で45億円も支払う必要が出てくる。それはクラブとしては大きな損害となるので、それだけは避けたいシナリオであろう。

 ではクラブ側がテベスの言い分を聞き、まさかないと思うがマンチニ解雇ということも考えられる。しかしこれは一般常識からしてもありえないことであろう。そうなるとこの件は1月1日に再開される移籍ウインドー期間で他チームへの移籍が一番の解決方法と言われている。

 マンチニと合わないテベスはシーズン開幕前に移籍依頼書をクラブに提出しており、本人も家族がアルゼンチンにいるので家族に近いところでプレーしたいと宣言していた。前のクラブ、マンチェスターユナイテッドに3,000万ポンドも支払ったシティとしては5,000万ポンドを超えるクラブが買いに来れば移籍させる条項を契約書に記載しており、ブラジルのコリンチャンスが3,500万ポンドでオファーしたのをシティは拒否した経緯あり、このまま行っても評価の下がったテベスを売るにしても、シティとしては損失の結末になる可能性が出てきた。

 このテベスの出場拒否問題は移籍システムの問題そして高額所得者となった選手、その代理人の横暴な行為、Players Powerの問題としてとらえるのか、それともトッププロ選手のプライド、意識、そして威厳、フェアプレーとリスペクトの精神を保ちマネーは二の次とする本来のスポーツの根源的モラールの問題としてとらえるのか問われている事件でもある。

 シティの結論はこの原稿のあと出る予定であり、サッカー界だけではなくスポーツ界全体の問題としてどうなるかに注目したい。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
現在:T M ITO Ltd.(UK)代表取締役
伊藤 庸夫