サッカーアラカルチョ

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ヨーロッパサッカー回廊『得点パターンも変わった』

11・01・20
 新年あけましておめでとうございます。今年もフットボールの発展の年でありますように。

 さて1980年代、私がThe FAのコーチングコースに参加した際、当時のテクニカル・ダイレクターであるチャールス・ヒューズ氏が強調したことは「フットボールにおける得点はその半分がセットプレーからであり、オープンプレーからの得点の半分はクロスから入る。しかもUnder 4パス以内で」と当時のワールドカップの試合を分析し説明された。いわゆるダイレクトプレー(今風にいえばパワーフットボール)こそ勝利の秘訣といっていたのである。

 その後、イングランドにベストクロッサーといわれたデービッド・ベッカムが出現したことで更にクロスからの得点パターンが一つの戦術として確立された。このクロスからの得点を生むパターンはご承知の通り、ワイドのプレーヤーがセンターフォワードへ大きなロビングでのクロスを上げ、そのセンターフォワードが頭で合わせ得点するというイメージであった。実際当時のイングランド1部リーグではこの戦術が主流であった。従い足の速いワイド(ウイング)プレーヤーと身長が高くヘッデイングが強いセンターフォワードがチームに必要とされていたのである。

 しかしどのチームにもそのようなセンターフォワードとワイドプレーヤーがいるわけではない。また国によってそのフットボールスタイルも違う。そしてこのクロスからの得点パターンは限りなく研究され、単純なワイドからのクロスでの得点確率は確実に減ってきた。それだけデフェンスラインがフリーボールに対して強くなってきたことが上げられる。かのベッカムのようにピンポイントでクロスを上げられれば得点チャンスの確率は上がるだろうがすべての選手が彼の技術を持っているとはいえない。事実単純なクロスがドンピシャとセンターフォワードの頭に来る確率は低い。ゴールエリア内でのゴールキーパーへの保護も徹底されており中々得点が入る機会が減ってきたからでもある。

 スペインリーグのバロセロナ対リアル・マドリッドのライバル同士の試合を分析した結果がある。この試合はバルサがリアルを5−0で破った試合であるが、両軍合わせてのクロスの数は90分で10本しかない。しかも最初の得点は32パスの後のゴールである。ワイドからのクロスは全くない。一方プレミアリーグのエバートン対マンチェスターユナイテッドの試合では、スペインのゲームの3倍の31本もクロスはあったが得点は1点、しかもクロスからの得点ではなかった。

 もはやクロスからの得点パターンが勝利の秘訣ということは現代フットボールから消えたのである。

 南アのワールドカップで優勝したのはスペインであるが、靴に磁石がついているようなパスワークで相手デフェンスの狭い隙間を通してのパスからシュート得点するパターンに確実に変ってきているのである。今年のFIFA最高殊勲選手候補にスペイン代表かつバロセロナ育ちのメッシ、イニエスタ、シャビの3人が上がったのも偶然ではない(メッシが2年連続で受賞したが)。彼ら3人がワイドのクロッサーでも身長の高いヘッデイングの強いセンターフォワードでもない。

 とはいえすべてのイングランドのチームの得点パターンがクロス偏重ではない。96年にグランパスエイトからアーセナルの監督になったベンゲルは単なるクロスからではなくゴールエリア内での確実なボール回しから隙間を見つけシュートするパターンを毎日のように練習していた。ベルカンプ、アンリー、ピレスといった確実に100%の精度でボールコントロールでき、コンマ1秒の隙間からシュートをうてる選手がいたからこそ出来たのである。そしてこのパターンは現在のアーセナルでも続いている。

 といってボール回し(Possession Football)だけのフットボールだけで勝てるわけではない。試合は90分、時にはパワーフットボールも必要であり、精度とタイミングのよいクロスからのClassic Goalもまた見ている人を魅了するものである。もしベッカムとカントナのクローン選手がいればクロスからの得点パターンも復帰する。要はその時にいる素質ある素材を100%生かしたパターンを組み立てる(立てられる)コーチがいればそれが新しい得点パターンとなるのであろう。


◆筆者プロフィル
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
現在:T M ITO Ltd.(UK)代表取締役
伊藤 庸夫