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ヨーロッパサッカー回廊『ワールドカップ意外な開催地決定』

10・12・14
 12月2日チューリッヒで行われた2018年、2022年のW杯開催地決定の投票はまさしく直前までどうなるか分からないという過去の結果を踏襲する結果となった。大方の予想は2018年がイングランド本命、ロシア対抗馬であり、2022年はアメリカ本命、オーストラリア対抗馬であったが、全く違う結果となったのである。
 
 2018年はロシアがスペイン/ポルトガルの共同開催を抑え、初の元共産圏東欧からの選出となり、2022年は伏兵カタールがアメリカを抑えての、これまたイスラム圏初のW杯の開催地に決定した。
 
 前号でも予想した筋書きとは違う動きがわずか22名の理事の間で起こり、この政治的ともいえる取引が完成したのである。
 
 まず2018年の22名の理事の投票をみてみよう。まず1回目の投票では何と本命イングランドがわずか2票しか取れず敗退。その時ロシアは9票を取っていた。そして2回目ロシアが13票と過半数を取り決定したのである。オランダ/ベルギーの支持者の内2票とイングランド支持者2票がロシアに行ったことになる。
 
 前日までの予想ではイングランドは7票獲得し、2回目でロシアを破り勝つ予想が大半であったが、そうはならなかった。イングランドFAはウイリアム王子を臨席させ来年4月に予定されているフィアンセ、ケイトとの結婚式に花を添える予定でもあったが、わずか2票とは一体何が起こったのか。
 
 英国メディアはジャック・ワーナー FIFA副会長がウイリアム王子に『私はイングランドに投票します』と約束したのに、ほごにしたと報じ、ウイリアム王子に約束した7名(他にアメリカ、グアテマラ、韓国、キプロス、トルコ、コートジボワールの代表理事)も投票しなかったとなじっている。そしてイングランドのトムソン理事以外に誰が投じてくれたのかは、日本の小倉理事かカメルーンのイサハヤト理事しか居なかったと。しかるに結果としては小倉理事は投票せず他国に投じたといわれている。
 
 本命敗退の裏に何があったのか―。
 
 それは10月に英国のサンデータイムズ紙記者がアメリカ人代理人と偽装してナイジェリアのアモス・アダム理事から人工芝グランド整備費として50万ポンドのわいろを与えることの言質をとり、またタヒチのテマリ理事にアカデミー建設資金として1,5百万ポンドを提供、その見返りにアメリカに投票を依頼したスキャンダルが結局尾を引き理事たちのイングランド離れが加速したといわれている。この2人はイングランドへ投票するとみなされていたが、FIFAの倫理委員会で追放となり投票に参加は出来なかったことも票を失った原因といわれている。
 
 そしてこのことに輪をかけたのが投票3日前にBBCで放映された『パノラマ』という暴露物的ドキュメンタリーで過去のFIFA理事の暗躍と収賄・贈賄の事実関係を暴露、現理事連中の反発を招き投票につながらなかったと見られている。
 
 しかしなぜロシアが巻き返したのか? 上記7名の理事はウイリアム王子に会って投票を約束した後、ロシアの代表団と面談したといわれており、この時に舞台は暗転したといわれている。チュルシーオーナーのアブラノビッチ氏の巨額な(2兆円ともいわれる自己資産を保有)オイルマネーによる暗躍に理事連中がなびいたのでは―と憶測されているのである。
 
 嘘を極端に嫌う英国人にとって上記7名は裏切者として糾弾してやまないが、投票者はどこに投票したかは秘密であり、実の所は結果でしかないといえる。しかし将来の国王に対しての嘘は許せないと現在のFAのロジャー・バーデン会長代理は「こんな嘘つき連中がFIFAに居る限り、そしてマフィア的組織が近代的な公正な組織に変革しない限り、FA会長には就任しない、フットボールから足を洗う」とFIFAの変革を求めている。
 
 とはいえ結果はロシアに決定。プーチン首相は決定後、ただちにモスコーからチューリッヒへ飛びFIFAに駆けつけた。
 
 そして2022年の投票はこれまた予想とは異なった。
 
 まず1回目で落ちたのはアメリカの対抗馬とみなされていたオーストラリアでわずか1票しかなかった。タヒチの理事が追放されたのが痛いとはいえ、ヨーロッパ勢の応援がなかったことになる。理事連中の英国嫌いのムードが準英国的なオーストラリアを嫌ったのか、オーストラリアが理事連中へ陣中見舞いをしなかったのか。とにかく1票しかなかった。
 
 日本とアメリカがそれぞれ3票、韓国4票、カタールが11票。カタールはあと2票あれば開催を勝ち取っていたのである。オイルマネーでのキャンペーンに乗った理事連中が居たことは確かである。
2回目の投票で日本が2票(小倉理事以外はイングランド理事といわれている)で欠落、カタールは10票となる。3回目でもカタールは11票のままで5票の韓国が落ち、4回目の投票でカタールとアメリカの決戦となったがカタールは一挙に14票を獲得、8票にまで上げたアメリカを蹴落とし開催地に決定したのである。
 
 大番狂せであった。
 
 このFIFAの開催地決定手順は密室のマフィアの票取り合戦と同じであり、まずは理事連中の利権確保が優先する。わずか24名(今回は22名)の理事での過半数での決定方式は209各国も登録されているFIFAの組織の中で異様であり、特権化している。そこにはびこる海千山千の利権屋が暗躍し、FIFAの本部がスイスにあることでの国際的にも暗躍できる素地もあると指摘されている。
 
 今回の決定プロセスで問題化しているのは、候補国の現地調査レポートの評価を加味できたのかである。例えばロシアは2018年までに14もの新スタジアムを建設せねばならない。また国土が広大であるがためにインフラ整備(交通網、ホテル、キャンプ地)が追いつかないのではないかとも指摘されていた。2018年での調査レポートではイングランドがトップであったことは明白であった。
 
 そして2022年、カタールは開催時の6月は日中40度を越す猛暑であり、たとえ冷房付きスタジアムを11新設したにせよ、練習場となるキャンプ地も冷房式とするのか、また女性サポーターが大挙して来た時の対応ができるのか、アルコールはどうするのかなどアラブ固有の文化とのあつれきが生じることは見えており、果して運営が円滑に出来るのかという懸念もある。
 
 しかし、その評価レポートは完全に無視された。投票する理事にとってはレポートはお飾りであり、検討するに価すると思っている理事はおそらく居なかったのではないか。投票に当たって頭にあったのはいかにこの2つの大会で利権を獲得するかであったのではないかと推測される。
 
 2つの大会での新設スタジアムの数は30を超える。1スタジアム300億円として9,000億円の投資となる。更に交通網ホテル等の投資も多大なものとなりその利権を彼ら理事連中が獲得したとしたら(多分間接的に獲得していると思われるが)、その結果は彼らにとって大きなビジネスとなったはず。FIFA理事のほとんどがその国のビジネスマンであり、政治的にも影響力あるやからでもある。ただ単にスポーツイベントとしてベストの国を選んではいないであろう。4年に1回のビジネスチャンスを逃すことはないのである。
 
 ともあれ、この2つのW杯開催地は決まった。
 
 しかし今後に残された課題は多い。
1.24名の理事による投票か登録国数による投票という制度への移行を図る(FIFAはこの決定制度を変える必要はないとしているが)。
 
2.調査レポートの重視(現在はほとんど関係していない)
 
3.イングランドのメデイアはイングランド及びUEFAはFIFAを脱退し新たな枠組みでFootball組織を構築すべきとする向きもある。
 
 そして日本は?
 
 この決定で早くとも2034年以降にならないと順番は巡ってこない。その頃は中国が名乗りを上げるであろうし、中々チャンスは巡ってこないのではないか。その頃も同じ投票システムでの決定が行われるのであれば、勝ち取るには政治力(国力)、財力、そして強烈なリーダーシップを持った国際ビジネスマンが招致の中心に居なければ勝ち目はないであろう。
 
 思い起こせば2002年あれだけ日本の政財界のリーダーを動員し、89億円もの金を使ったにもかかわらず韓国の現代重工副会長のチョンモンジュ氏の国際的、政治力、資金、そしてFIFA理事にしてやられ、やっと共同開催という妥協の産物で終わったことでも分かる。
 
 
◆筆者プロフィル
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
現在:T M ITO Ltd.(UK)代表取締役
伊藤 庸夫