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ヨーロッパサッカー回廊『やっと腰を上げたプレミアリーグ』

10・08・11
 8月8日、イングランドフットボールの開幕に先がけ行われた恒例の「コミュニティ・シールド」は、前年リーグ・FAカップ優勝のチェルシーとリーグ2位のマンチェスターユナイテッドが対戦、夏休みとはいえ、84,000人もの観客を呼んだ(結果は3−1でマンチェスターユナイテッドの勝利)。
 
 この3日後、11日にはワールドカップで無残な結果を残したイングランド代表がハンガリーとフレンドリーマッチを行うが、国民の期待を裏切った代表チームの試合にはウェンブレースタジアムの半分(45,000人)の観客が集まればよい程チケットは売れていない。イングランドのワールドカップの結果は世界一といわれるプレミアリーグにも衝撃を与え、今までの外国人によるクラブのオーナーシップが妥当なのか、特にイングリッシュ以外の選手の数を制限せず、世界中のトップ選手を集めることが妥当なのか。外国人のナショナルチーム監督はチームの強化になるのか。イングリッシュジュニア・ユースの育成・強化は今までのアカデミー制度の中で芽を出しているのか等々の課題を提起させることとなった。
 
 上記の課題に対して、クラブのオーナーシップについては、1982年にトッテナム・ホットスパーが株式上場して以来、誰もがクラブへ投資でき、オーナーとなりうることとなり、現在マンチェスターユナイテッド、リバプール、チェルシー、アーセナル、マンチェスターシティ等々、ほぼプレミアリーグのクラブは、外国人に支配されている。この制度への制限は自由経営を認める英国では、ドイツのように51%以上の株式はクラブ(サポーター等)所有し外国からの投資を49%までと制限する方向にはいかないであろう。またエリクソン、カペロと続くナショナルチームの監督をイングリッシュへという方向転換もFIFA会長ブラッターの「せめてナショナルチームの監督は自国監督にすべき」という主張に反してカペロの続投となりあと2年は望みがない。
 
 しかしこのままでは、イングランドのフットボールはフットボールの母国でありながら、世界から遊離していくという懸念は多くの関係者は持っており、次の改革が今シーズンより行われることとなった。
 
 (1)今までのプレミアリーグは選手の国籍・経歴等に何ら制限がなかったが、イングランドナショナルチームの強化のためにはイングリッシュ選手の数を多くする必要があるとし、「1チーム登録選手数は25名とする。うち8人は21歳以上のホームグロウン選手とする」と規定した。ただし8人のホームグロウン選手は21歳までに3年以上そのクラブに属した選手も含まれる。この規定にマッチしないクラブは17人の外国籍選手が試合に出られる登録選手となる。
 
 例えば、アーセナルはベンゲル監督の「イングランドには質の高い選手がいない。ユース時代から海外の選手を呼び、強化していく以外チームは勝てない」という見解から現在わずか6人しかホームグロウン選手がいない。従い、規定が実施される9月1日から12月31日までは17人外国人選手+6人ホームグロウン選手=23人で4ヵ月18試合を戦わねばならなくなった。
 
 チェルシーはわずか4人しかホームグロウン選手がいない。従い21人しか登録できなくなる。アブダビの投資家による巨額な資金で選手を買いまくっているマンチェスターシティには15人ものホームグロウン選手がいるが、25人のうちどのくらいを選出するのかは監督マンティーニの頭を悩ませる課題である。この25人枠に入らない(つまり12月31日までピッチに立てない)マンチェスターシティの高額外国選手のサラリーは10百万ポンド(13億円)にものぼり、クラブとしては無駄金となってしまう程である。果たしてこの制度が、どうリーグ成績に、またナショナルチームに影響するのか注目に値する。
 
 (2)今回のワールドカップで明らかになったスペインのポゼッションフットボールを追求するには、いかにゴールデンエイジ(10歳−14歳)ユース時代にテクニックをマスターさせるかによるとし、バルセロナユースアカデミーの育成方法がが注力されている。イングランドも1997年以降プロクラブにアカデミー(9歳−21歳)を保有することを義務づけているが、練習時間が少なくテクニックがマスター出来てないとし、今後9歳以上のアカデミーの練習時間を週10〜15時間と大幅アップさせることにしたのである。このジュニア・ユース時代の改革は10年レンジでしか評価できないが、ドイツが1990年代にとったジュニア・ユースコーチ200人を全国の学校に派遣し子どもたちにフットボールの面白さ・楽しさを普及させた結果が2010年のワールドカップでオジル(21歳)、ミューラー(20歳)の活躍を生んだことを思えば長期的な若手育成こそナショナルチームの強化となることにやっと着手したのである。
 
 ともあれ遅ればせながら改革に手をかけた今シーズンのプレミアリーグが経済的にも選手の強化の面からもどう変化するのか見守ってみたい。
 
  
◆筆者プロフィル
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
現在:T M ITO Ltd.(UK)代表取締役
伊藤 庸夫